第6話 国産戦車隊ソ連を睨む

1935年 


 大日本帝国は絶え間ない経済成長に謳歌した。イギリス=フランス=日本(=中国)の三カ国(四カ国)間で行われた世界で類を見ない連合ブロック経済により一時期は落ち込んだ経済はゴムボールのように跳ねる反動でソ連に匹敵する成長を遂げる。半世紀後に社会主義であるソ連が発展したのは理解できるが、資本主義である日本が五大国で最大の成長を遂げたことは奇跡であると専ら研究対象になった。


 そのような経済成長のおかげで国内は安定している。失業者による不安は大規模公共事業で解消された。日本各地に小規模な工場や造船所など軍需か民需かを問わず物資を生産する拠点が置かれ、主要な工業地帯を繋ぐための大道路が結ばれると物流は滑らかになる。実際に人や物を運ぶ車両は乗用車から貨物車までイギリス製をライセンス生産して経験を積んでから国土に適合した国産車を生み出した。しかし、地方では高くて手が出ないという声が上がったため、メーカーは野心的なバイクと乗用車の中間地点である三輪バイクを開発する。これはバイク以上の積載量を持ち乗用車未満のお値段だ。不整地の走破能力も高く主に農村で爆発的に普及すると農作物に限らず様々な物と者が各地へ行き渡る。農村を置いていかない経済発展は徹底的な工業化に比べて進みは遅いが安定していた。政府が恐慌対策と飢饉対策を打ち出したこともあり食料生産量は増加する。


 そうして世界恐慌を乗り切った大日本帝国は海軍に次いで陸軍も大規模な改造が入った。イギリス陸軍の指導を賜り近代化を推し進める。戦術面では歩兵が単独で突き進むのではなく、戦車や装甲車両と言った各種車両と協同して戦線を突破した。そのためにヴィッカース社やルノー社その他多数と一緒に車両の開発を進める。その成果が満州=モンゴル国境で見られた。


「二輪哨戒隊より異常無し」


「よろしい。ソ連軍はいつ何時来るか分からん。危険な仕事だがしっかり頼む」


「はっ!」


 国境線は日中軍とソ軍が互いに兵を置いて警戒した。お互いに対立する国のため国境線の兵力は過大と思われる。ソ連は陸軍国家であり日中を上回る大戦力を揃え旧ロシア帝国時代から手強かった。日中軍が太刀打ちすることは難しいかもしれないが軍の近代化で食らいつく。その一例が国境線をひた走るバイクの群れであり、何かの大会でもしているのかと怪訝に思った。しかし、彼らは立派な前線偵察隊なのだ。最新の軍用バイクで疾走し警戒に従事する。


 そして、その報告を受け取ったのは日本軍の最新の戦車隊だ。日本は戦車開発で大きく後れをとったが先述の経済により、戦車先進国のイギリス及びフランスから積極的に技術を導入して多数の試作車を作成する。例えばヴィッカース社C型戦車や同社6t戦車、ルノー社戦車などを輸入して研究して独自改良を加えた。一から国産で作ることは想像以上に困難で模倣から始めて独自改良を経て昇華させる。


 その集大成と言えるべき戦車が彼らが乗る九五式重戦車だ。


「見てください。やる気のある中戦車隊が動き回ってます」


「新型のチニなので嬉しいようです」


「良い傾向だ。八九式はどう見ても戦えそうになかったら新型チニでようやく対抗できるようになった」


 他には新型中戦車として九五式中戦車チニが動いた。おや、話が違ってくる。日本陸軍は一つの戦車で歩兵支援や突破任務など多種多様に対応するはずだ。優れた拡張性を与えて改良や流用で対応する予定が崩れているだろう。いや、別に崩れてわけではなくて開発に難航していた。それもそのはずである。満足に一車両だけで戦線を支えられるようになるのは運命の開戦よりも後の話なのだ。まだ4~5年はあり進化を待たれる。それでも史実に比べれば遥かに陸軍戦車隊は改善され、軽装甲で貧弱な戦車は既に消え去った。


「彼らの47mmでソ連の戦車を撃破できますでしょうか?」


「分からん。奴らがどんな戦車をぶつけてくるかイギリス軍は軽戦車と判定している。だが、それは嘘偽りの情報であると考えられたが、とにかく分からん」


「こいつの75mm山砲ならぶち破れますよ」


 若い砲手が心配するもベテラン装填手は太鼓判を押す。


 現在の日本陸軍は戦車の運用を大きく2つに分けるに伴って中戦車と重戦車が存在した。前者はそこそこの火力と快速により側面突破や奇襲、包囲など足を活かして敵戦車や敵歩兵と満遍なく対応する。イギリス軍の巡航戦車を独自に強化した格好だった。後者は大火力と重装甲を正面に張り敵陣地を破壊しながら敵弾を受けて歩兵を守り共同して戦線を突破する。こちらはイギリス軍の歩兵戦車の思想を日本式に改めた。


 彼らの九五式重戦車は日本版歩兵戦車である。


 当時としては大口径な75mm車載型山砲をヴィッカース社7.7mm重機関銃と並べて砲塔に搭載した。この75mm砲は九四式山砲を基に車載化した型のため短砲身である。よって、基本的に対歩兵用榴散弾と対陣地用榴弾を発射する砲だ。対戦車戦闘には向かないが意外と弾道は素直で真っすぐ飛ぶ。九五式徹甲弾を使用した際は1000mでも50mmの装甲を貫徹可能で出来ないことはなかった。もっとも、史実では多砲塔戦車だったが採用していない。脆弱な大地における必要最低限の機動力を確保するには重量を削る必要があり、多砲塔は相応に重量が増加して整備性の低下も招くからだ。


 敵弾から歩兵を守るため装甲は厚くて前面は全体的に70mmとされる。多砲塔を採らないため装甲を厚くする余裕があった。ただし、側面は30mmで背面は20mmと薄い。これは味方歩兵と協同するため側背面からの攻撃を想定せずに実際の脅威には中戦車隊に任せた。なお、八九式はリベット打ちが殆どだが技術導入を受けて溶接を多用して防御力は数値以上に高い。


 必要最低限の機動力だが最高速は25km/hを確保した。重量が26tに収まったことにエンジンはルノー社の指導の下で航空機用300馬力ガソリンエンジンを搭載する。これ以降の日本戦車はガソリンエンジンを採用していった。ガソリンはディーゼルに比べて省スペース化が見込めて大出力も発揮できる。もちろん、一定の工作精度が要されるため国内工場の整備は必須だ。足回り関連ではヴィッカース社の考案した日本式サスペンションを採用する。日本向けに開発されただけはあり堅実な構造をした頑丈さで保守的だった。転輪は小型転輪を多数並べる第一次大戦時と変わらないが悪路の走破性に優れる。運用が中国大地に想定された関係で速力よりも悪路走破能力を重視して適合させ、あまりにも早すぎると歩兵がついて行けないため丁度いいところだ。


「なにも、ソ連を睨むのは戦車だけじゃない。対戦車砲部隊も贅沢に派遣されている。しかも、軽量な47mmでチニの主砲と同じだから弾薬の融通が利く。他には75mmと105mmと150mmの大中小の野砲が敵兵を吹っ飛ばすだろうな」


 国境線の後ろには対戦車砲と野砲の部隊が控える。対戦車砲は37mmが主流の時代にヴィッカース社とシュナイダー社の技術者と共に既存の37mm砲を拡大させた47mm機動対戦車砲を開発して配備された。九四式37mm砲が前年に正式採用されたが他国と口径は変わらない。しかし、総じて性能が劣ることが指摘された。直ちにより高威力で高貫徹力を持つ47mm対戦車砲が開発される。既存の拡大であるため迅速に完了したが特筆すべき事項は軽量さだった。トラックで牽引できる重量で車輪を備えて機動力を得ている。適当な軍用車両で牽引できるため即席の対戦車陣地を構築して敵戦車を待ち受けた。長砲身の対戦車砲のため徹甲弾(AP)を使用し1000mで55mmの装甲を貫徹し、500mで70mmの装甲を貫徹可能である。もちろん、弾を榴弾と榴散弾に変えることもできて対陣地もこなせた汎用対戦車砲と言えた。


 更に後方は75mm/105mm/150mmの大中小の野砲が控える。クドイが英仏技術者の指導を受けて開発された近代的な野砲だ。しかし、これは実戦を待つため後にさせていただきたい。


「あれだけ動き回ることが出来たら気分がいいことでしょうなぁ」


 重戦車は機動力に欠ける。彼らにとって中戦車チニの快速性能は羨ましい限りだ。しかし、その代償として装甲は重戦車に劣り被弾すれば撃破されかねない。高火力で重装甲で快速な戦車は10年先かそれ以上先でないと出現しなかった。


 九五式中戦車チニは八九式中戦車を全面的に見直して開発される。八九式は初めての国産戦車だったが総じて満足のいく結果を出せなかった。主砲は対歩兵・対陣地では優秀だが対戦車は難しい。装甲は薄く37mm砲で貫徹される薄さだった。機動力も25km/hと遅い。時期的にやむを得ないが陸軍は即断即決した。技術やノウハウの蓄積のため百数両が生産されたが直ちに後継車の開発が始まる。それが九五式中戦車チニであり47mm戦車砲を搭載した快速戦車だ。イギリスの巡航戦車を輸入して既存の中戦車と足して二で割った形とした巡航戦車の機動力に中戦車の火力を併せ持つのである。


 砲塔には先述の47mm対戦車砲の車載型を持ち対戦車/対歩兵/対陣地を満遍なく対応した。車載型の重機関銃も並列に搭載しているため突破戦闘は不可能ではないが装甲が比較的に薄いため自ら進んでは行わない。装甲は重量軽減のため砲塔から車体にかけて正面は45mmで側背面は若干削られた20mmとされた。肝心の機動力は前線での整備を考えてエンジンは重戦車と同じ300馬力ガソリンエンジンとするが、総重量が20t以内に収まっているため最高速は40km/hと速い。機動力を活かして戦場を動き回り敵軍を食い散らかした。


 そんな九五式中戦車チニだが怠らず後継車を作る。なぜなら、あくまでも八九式の全面的な手直しのため飛躍的な発展に欠けたからだ。よって、飛躍的に向上させた新型中戦車が計画され、最終的には重戦車の機能を統合させられることが好ましい。


 言い忘れたが重戦車も中戦車も無線機の搭載を予定した。過去形なのは開発が間に合わず試作機の搭載が待たれる。戦車は集団戦を行うため各車が意思疎通を行う無線機は必須の装備だった。無線機も技術に乏しい日本のためイギリスの協力を貰って開発を進め航空機用も平行して作られている。


「ま、羨むのは向こうも同じだ。お互い様だがもしもの時は協同して戦うことになる。ソ連軍を侮るな日露戦争を思い出せ」


 件の地ノモンハンを睨む日本戦車隊だ。


続く

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