メレーの子(後編)

メレーの子(後編) 1

 メリウスはジュローラに集った神々の神殿を造り、いずれの神へも尊敬の思いを向けることを改めて人々に願った。

 ジュローラの賑わいは日毎年毎に増し、その噂は近隣の街へと広がった。ある日、内陸のとある街の者たちが、ジュローラに住まわせてはくれないかとメリウスを訪ねやって来た。酷く岩石混じりの土地で作物が育たず、人々は牧畜と工芸によって生計を立ててはいたが、貧しかった。メリウスは快い返事をし、彼らの神のための神殿を建てることを許可した。彼らが培ってきた生き物を育てる知識と物作りの技術はジュローラの更なる発展に貢献し、彼らが富を得ることへも繋がった。

 メリウスは、かつて崩壊したジュローラに駆けつけた際に瓦礫の下から助け出した少女から、強い好意を寄せられていた。彼女の名は『アウラ』と言った。アウラが十六歳になったとき、メリウスは彼女の夫となった。メリウスは二十四歳だった。やがて二人の間には双子が生まれた。男児の方には『クルセイス』、女児の方には『フラウライア』という名がつけられた。

 ジュローラが巨大化していくほどに移住者は増え、更に巨大な街となっていった。

 メリウスが『王』と呼ばれるようになってから、三十年余りの年月が流れた。しかし、メリウスは若者の姿を保ったままで、不思議なことに、アウラも若い姿を保ち続けていた。アウラはリヨンと睦まじくしていた。夫であるメリウスも半神であるから、神の気に常日頃触れている人間は緩やかに老いてゆくのであろうかと、メリウスは考えていた。しかし、そうではなかった。アウラはリヨンの子であったのだ。それはアウラ自身も長らく知らずにいたことであったが、自らが老いぬことに疑問を懐き、リヨンに訊ねたところ、その様に教えられたと言う。アウラの母は人間であるから、彼女はメリウスと同じ半神ということになる。ならば確かに、かつての惨状の中、人間である母が死んでも、半神であるアウラならば生き残ることができたのだろう。メリウスはアウラに対して一層の親近感を抱いた。

 長い年月が経ち、少年であったメリウスを知る人間はいなくなった。メリウスは神の力に頼り過ぎぬようにして街を造った。人々は汎ゆることを人間の手で成し遂げる為、様々なことを知ろうとした。

 やがてジュローラは、メリウスが常にその様子を把握することが困難になるほどに広大な街となった。メリウスは半神同士の子であるために若者の姿を保ち続けている双児のクルセイスとフラウライアに、それぞれキュアストスとフィオリローザを伴わせ、街の東西に分かれ人々を導くように言った。そして、アウラとリヨンは北の拠点へ向かわせた。

 ジュローラは他の街とは明確に異なる規模と形態を持ち、かつては交流を持つことのなかった街の者同士が混ざり合いながら暮らすようになっていた。メリウスは、以前にメレーが使っていた『国』という言葉を思い出し、王と呼ばれるようになってから百年目の年に、『ジュローラの街』と呼ばれてきた地を『クレス王国』とした。

 更に百年、二百年が過ぎ去る頃には、メレーの予言通り、神々の姿を見ることができない人間は明確に増えていた。かつては『やや人間離れした美貌を持つ若者』といったふうに見られていたメリウスの姿も、この頃の人々にはあきらかに通常の人間とは異なったものに見えるようになっていた。人の身を持つがゆえに、彼の神性は人の目に示すことができた。メリウスの肌、瞳、髪は、清廉な青みをもつ白銀の輝きをまとっていたのである。彼がひとたび宮殿を出て都を散策したなら、幾ら扮装していようとも到底その身分を隠すことはできなかった。

 当初のクレス王国に集まる人々は内陸の者が多かったが、やがて海沿いの街からの移住者も増え始めた。かつて大波に襲われた街を再建させた苦労を知る者がいなくなり、彼らを助けた神の姿を捉えることもできなくなった子孫たちは、より賑わい、裕福な王国で暮らすことを望んだのである。

 しかし、メリウスは彼らの先祖の努力を知っていた。かつて手を取り合い、慰め合った人々の姿を、四百年の月日が経っても鮮明に思い出すことができる。だからこそ、彼らの子孫らには街に留まり、また更なる発展をさせてくれることをメリウスは望んだ。若者が街から消えれば、いずれ街も消える。

 メリウスは道を造ることを提案した。王国と各地方を結び、往来が容易になれば、地方に留まることを選ぶ者もいるだろうと考えたのである。移住を望んでいた者たちはメリウスの案に賛同した。愛着のある故郷に留りながら、王国の繁栄に与れるのであれば、その方が良いと考える者が多かった。道が伸びてゆくのと同じように、人々の居住地も伸びていった。道を造る労働者がいれば、彼らの為の休憩所、食糧、娯楽を提供する人々も必要となる。メリウスが治める国の領域は広がり続け、目的の街まで道が繋がると、更にその近隣の街からも道を繋ぐことを望まれた。

 やがて、メレーの系譜に属する神々によって治められていた土地全てが、クレス王国に纏め上げられた。その為に費やされた三百年の年月を、メリウスは王として見守っていた。


 メリウスを育てた海の妖精ウェヴィリアの末妹リリエが水泡となって海に溶けたことをメリウスが知ったのは、彼が八百歳を迎えようとする頃だった。彼を育てた妖精たちは皆、海へと消え還った。


 地竜が身じろぎ暴れるのに対抗するようにして海が押し寄せることは、度々に起こっていた。しかし、かつてジュローラなどを壊滅させたようなものがやって来ることはなかった。

 そうして、メリウスがクレス王国を建ち上げてから九百年が経ち、彼は一千歳を迎えた。メリウスの子供たちは子供を生み、その子らがまた子を作り、神の血は人間たちの中へと、薄まりながら溶け込んでいったが、神々の姿をとらえられる人間はもはやほぼおらず、声を聴くことができるものも同様だった。

 クレス王国は平和だった。メレーが生み出した半神の活躍を評価してか、フェムトスの系譜が治める地方でもヴェント王国が建ち上がっていた。ヴェントの王ヴァイタスはメリウスが六百歳のときに誕生し、四百年間の戦いの末に一帯の神々と人々を纏め上げた。フェムトスはメレーと同じく〈月の神子〉の守護者であるが、メレーが智に長け人の世に干渉することを好む神とするならば、フェムトスは力に長け人の営みへの干渉をさほど好まない神といえる。親である神の性質が異なれば、その子である諸々の神と王の性質も自ずと異なってくる。

 夜中、クレスの都上空に激しい雷鳴が轟き、メリウスは覚醒した。彼の暗い寝室に、薄弱な光を纏うリヨンが立っていた。かれの体には切り裂かれた痕跡があり、その開いたところから大量の神気が漏れ続けていた。

「一体何事ですか」と、メリウスは衣服を正しながら訊ねた。

 リヨンは虚ろげな様子で立ち尽くすばかりである。メリウスはリヨンの体に開いた傷を塞ぎ、自分の神気を分け与えた。すると、リヨンは言葉を発することができるようになり、「ヴァイタス王が武力を以て攻めて参った」と言った。メリウスがその言葉の意味を理解するまでに幾許かの時間を要している間に、かれは続けた。「あちらの神と数多の戦士を引き連れている。クレスの民は戦を知らぬ。抗うすべもない。お前が行って話をつけるほかあるまい」

 ヴェントに近い北方を治めていたのは、メリウスの妻アウラであった。親であるリヨンは彼女と共にいたはずだ。しかし、リヨンの気は異様に乱れていた。メリウスの目前にあるかれの体は、奥の壁模様が透けて見えるほどに弱っているというのに、今尚都の上空では激しい雷鳴が轟き、雷光が至るところに突き刺さり、人々を怯えさせている。

「アウラはどうしていますか」メリウスは隣国の王と対峙するべく身支度を整えながら訊ねた。

 しかしその問いに、リヨンの姿は水鏡に映ったそれが風に煽られるように、儚く揺らぐ。かれは「殺めてきた」と答えた。

 メリウスは汎ゆる動作を止めた。「何故」と問えば、リヨンは「生かしておくのが酷であったから」と答えた。

 メリウスは長い時を共にした妻の気配を探ったが、見つけることができなかった。呼んでも応えぬアウラに、尚も呼びかけていれば、リヨンに諫められた。メリウスは諦め、再び支度を始めた。

「責めぬのか」とリヨンに問われたメリウスは、「彼女を殺めたと言う、当のあなたのその様子を見て、誰が責められるでしょう」と答え、支度を終えた。

 メリウスは弱りきったリヨンに休むことを勧めたが、かれはヴァイタス王の元へと向かうメリウスと共に、北方へ引き返すことを望んだ。

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