第4話 目覚めし竜の真の力

 臥竜がりゅうはどんどん殺気を高めていく。デリルたちと戦っていた時とは雰囲気が違う。とうとう本気の臥竜が目を覚ます時が来たのである。

 

「ちょ、ちょっと。これはヤバいわよ」


 デリルはただならぬ雰囲気に圧倒され始める。魔王と戦った魔女でさえ、臥竜の本気には気圧けおされてしまう。新米勇者のアルは完全に飲まれていた。

 

「ああ、あたしらと戦ってた時は全然本気じゃなかったって訳だ」


 エリザも盾を構えながらなんとか気力を保つ。ちょっと気を抜いたらその場にへたり込んでしまいそうである。

 

 どす黒いオーラに身を包み、臥竜がぎろりとアルを見下ろした。

 

「危ない!!」


 デリルはとっさにアルの前に立つ。次の瞬間、臥竜の口から灼熱の炎が発せられ、あっと言う間にデリルを包み込んだ。

 

「デリルさんっ!!」


 アルは自分の身代わりに業火に焼かれたデリルに驚いて絶叫する。

 

「心配いらねぇ、デリルは不知火のマントを……」


「あちちちっ!!」


 デリルが炎の中で声を出す。ヴェラの本気の炎は不知火のマントでさえも完全には防ぎきれないようである。おそらくマントがなければあっと言う間に燃え尽きていただろう。

 

「グオォォォッ!!」


 ヴェラはさらに燃えさかるデリルに襲い掛かる。

 

「デリル! 危ねぇ!!」


 エリザがヴェラとデリルの間に割って入り、しっかりと盾を構えてヴェラの攻撃を受け止めようとした。最初の時は弾き返せたが、今度のヴェラの一撃はエリザを軽々と吹っ飛ばした。盾ごとエリザは壁に激突する。「ぐっ、なんてパワーだ。さっきと全然違うじゃねぇか……」

 

「エリザ! 大丈夫?!」


 アルが吹っ飛ばされたエリザを心配して声を掛ける。

 

「馬鹿野郎! あたしの心配なんざ十年早ぇんだ! 自分の事を心配しろ!」


 エリザがアルに向かって叫ぶ。いつもの悪態あくたいである。あの調子なら大丈夫そうだ。アルはエリザが無事な事に安心し、きっ、とヴェラをにらみつける。


「ヴェラ! 僕が相手だ!」


 アルはヴェラに向かって飛び掛っていく。ヴェラは前足でアルの剣を受け止める。

 

「無駄じゃ、アル。わらわの身体には傷一つ……」


 ヴェラはそう言いかけたが、受け止めた前足に痛みが走る。「ば、馬鹿な、このわらわに傷を負わせたじゃと?」

 

 アルはそのまま懐に飛び込み胴体に切りかかる。

 

 シュパッ!!

 

 アルの剣はヴェラの鱗を切り裂く。ヴェラの胴体から血が滲む。かすり傷だがヴェラにとってはあり得ない出来事であった。

 

「さすがは竜殺しの剣ね」


 ようやく炎の収まったデリルが感心したように言う。「アルくん、そんな風に切っても致命傷にはならないわ、見て!」

 

 デリルはヴェラの首の付け根あたりを指差した。


「あっ! あそこだけ鱗が反対を向いてる!」


 アルはヴェラの逆鱗げきりんを発見する。竜の唯一、そして最大の弱点である。

 

「あそこをその竜殺しの剣で攻撃するのよ!」


 デリルにアドバイスを受け、アルは力強く頷く。

 

「くっ、そうはさせるか! わらわの逆鱗にはたとえアルでも触れさせん!」


 ヴェラはそう言って逆鱗をかばうように巨大な顔で覆い隠す。鋭い牙を持ち、炎も吐く竜の顔が逆鱗を守っているのだ。簡単には手を出せない。

 

 デリルもアルも手が出せず、一定の距離を保ってヴェラと対峙している。そこへ吹っ飛ばされたエリザが戻ってきた。

 

「デリル、あたしらもそろそろ本気でいかなきゃマズそうだな」


 エリザはゴキンゴキンと身体中の骨を鳴らしてウォーミングアップしている。

 

「エリザ、あんた、まさかアレやる気?」


 デリルは呆れたように言う。「あんた、もう四十路よそじなのよ? あの頃のように華麗に決められると思ったら……」

 

「いいからやるぞ! やるしかねぇだろ!?」


 エリザはヴェラの前に仁王立ちになって呼吸を整える。

 

「ふんっ、今まで本気じゃなかったとでも言うつもりか?」


 ヴェラは馬鹿にしたように言う。そんなのは虚勢に決まっている。

 

「本気だったさ、あたしはね」


 エリザは不敵に笑う。「あたしもデリルも全力で戦っていた、だがっ!」

 

 デリルがその先を続ける。

 

「私たち二人の本気はこれからって事よ!!」


 デリルはエリザの真後ろに立ち、詠唱を始める。「エリザ、ホントにやるのね? 身体壊さないでよ?」

 

「へっ、お前とは鍛え方が違うんだよ。全力で来い!」


「何をごちゃごちゃ言っておる! お前らごときに負けはせんぞ!」


 ヴェラは威嚇するようにつんざくような咆哮を上げる。

 

 ギィィィイヤァァァ!!

 

 エリザたちの全身にビリビリと衝撃が走る。

 

「くっ、叫んだだけでこの圧力かよ! さすがは臥竜さんだな!」


 エリザはそう言いながらも自信がありそうな不敵な笑みを浮かべている。

 

「おそらくこれが私たちの最後の攻撃になるわ。アルくん、トドメはあなたが刺すんだからね! よく見ていなさい!!」


 デリルは、竜殺しの剣を構えたままどうして良いか分からず立ち尽くしているアルに発破をかける。

 

 決着は近い。それはヴェラだけでなく、デリルたちも感じていた。


 エリザのただならぬ雰囲気に警戒を高めるヴェラ。何をしてこようが逆鱗には指一本触れさせない。ヴェラはさらに鉄壁の守りを固めて眼前の敵を睨みつけた。

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