第2話 哀しき絶叫

 ヴェラは思いもよらない強敵の出現に、気合を入れるように咆哮を上げた。普通の人間ならすくんで身動きが取れなくなるような恐ろしい声である。

 

「ヴェラ! こいつを喰らっても平気でいられるかしら?」


 デリルがふわりと浮かんで両手を掲げる。咆哮なんぞでデリルが立ちすくむはずもない。デリルはどう見繕みつくろっても普通の人間ではないのだ。

 

「ふんっ! 人間風情にんげんふぜいの魔法なんぞ効くか!」


 ヴェラはデリルの事を知らないので鼻で笑っている。

 

「あっそ、じゃ、いくわよ~」


 デリルが魔力を徐々に高めていく。最初は馬鹿にしていたヴェラだったが、そこはさすがに何千年も生きているレジェンド級のドラゴンである。本能的に危険を察知し、飛び上がるようにして後ろに下がる。ヴェラの目の前に強烈な雷が降り注いだ。さすがの臥竜がりゅうでも直撃すれば大打撃である。「あら、残念」

 

 デリルは再び両手を掲げ、次の魔法を準備する。

 

「ええい! 鬱陶うっとうしい!」


 ヴェラはデリルに向かって炎を吐く。

 

「あら、忘れたの? 炎は効かないのよ」

 

 デリルはマントを翻してヴェラの炎を跳ね返す。「それっ!」

 

 返す刀でデリルはヴェラの頭に向かって爆裂魔法を放つ。

 

 ぼんっ!

 

 ヴェラの右頬に衝撃が走る。ヴェラにとってはダメージを食らうほどの攻撃ではないが、いらついているヴェラには効果十分であった。

 

「おのれぇ! このヴェラ様をここまで怒らせるとは……」


 ワナワナと怒りに震えるヴェラ。

 

 ボボボボボンッ!!

 

 立て続けにヴェラに爆裂魔法がヒットする。痛くはない。しかしヴェラをあざけるように立て続けにヴェラの顔に衝撃が走った。

 

 空中から次々に魔法を放つデリルにイライラをつのらせるヴェラ。

 

「いい加減に……せいっ!!」


 ヴェラはぎらりと目を輝かせ、デリルに向かって飛んできた。ヴェラは大きな口を開けてデリルに噛みつく。

 

 ガチンッ!!

 

 巨大な顎が閉ざされる。素早く身をかわしたデリルだったが、ローブの裾が引き裂かれている。

 

「うわぁ、おっかないわね」


 デリルはそのままさらに高く飛び上がる。「ほら、ここまでおいで」

 

 デリルはさらにヴェラを挑発する。

 

「舐めるな!」


 ヴェラは翼を広げてデリルの方に飛んでくる。掴みかかるヴェラの鋭い爪をギリギリでかわすデリル。

 

「なによ! あんた、飛べるの?!」


 デリルは空中で静止し、ヴェラと対峙する。

 

「当たり前じゃ。わらわを誰じゃと思うておる!!」


 ヴェラはデリルに狙いを定めて飛んできた。「死ねい!」


 巨大な口が大きく開いてデリルを丸呑みにしようと襲い掛かる。


 ヒュッ!! ザクッ!

 

 ヴェラがあと少しで生意気な魔女の身体を噛み千切れると思ったその瞬間、どこからとも無く放たれた矢が口の中に突き刺さった。

 厚い鱗に覆われた体表は多少の武器は通さないが、口の中まではケアしきれないようである。しかし、所詮は一本の矢。深刻なダメージを与えるほどの事はない。

 

「ネロくん……」


 デリルは窮地から逃げ出しながら呟いた。

 

「おい、デリル! こっちに降りて来い!」


 下からエリザが叫ぶ。「共闘だ! あたしも一緒に戦うぞ!」

 

 デリルはエリザをピックアップし、再びヴェラと距離を取って空中で対峙する。

 

「うぬぬぬ……。まさか他にも誰かおるのか?」


 ヴェラがフロアを見渡す。「!? ア、アルはどこじゃ!」

 

 いつの間にか姿を消したアルに気付いてヴェラが狼狽ろうばいする。

 

 ネロは、デリルとエリザが激闘を繰り広げている間にアルの元に駆け寄り、スキを見て洞穴ほらあなの中に避難していた。先ほどの矢も洞穴の入口から放ったのである。

 

余所見よそみしてるなんて余裕じゃねぇか!」


 エリザが呆然ぼうぜんとしているヴェラの首筋に戦斧せんぷを叩き込む。

 

 ガインッ!!

 

 やはり臥竜の身体はエリザの渾身の一撃さえも弾き返す。ヴェラは何事もなかったように二人を無視してゆっくりと地上に降りた。

 

「おいっ! まだ勝負はついてないぞ!?」


 エリザは空中からヴェラに叫ぶ。しかし、ヴェラは放心状態のまま呆然とその場に立ち尽くしていた。

 

「あ、あのぅ……。聞こえてますぅ?」


 エリザとデリルは空中で顔を見合す。二人はヴェラを追いかけるように地上に降り立った。「ヴェラ、さん? どうされました?」

 

 突然、大地が震え始めた。

 

 ゴゴゴゴ……!!

 

 という地鳴りの音がどんどん大きくなり、バラバラと洞窟内の岩が崩れて落ちてくる。震源は……もちろんヴェラであった。ブルブルと全身を震わせ、その振動が洞窟全体を揺らしているのである。

 

「うぉぉぉぉっ!! アルゥゥゥゥ!!」


 ヴェラは切なくなるような哀しい声で叫んだ。

 

「何て声を出しやがる。これじゃまるであたしらが悪者みたいじゃないか!」


 エリザはなんだか無理矢理ヴェラとアルを引き離す極悪非道な代官様になったような気分になってしまった。「そもそもお前があたしから奪ったんだろうが!」

 

「そうよ! エリザ、あんたは間違ってないわ!!」


 デリルも自信を失い欠けているエリザを鼓舞こぶする。

 

「おのれ……、よくもわらわの大事なアルを……」


 正気を失った目をしたヴェラがエリザを睨み付ける。こちらの声はどうやら届いていないようである。「許さぬ、許さぬぞ」

 

 ヴェラは再び、洞窟中に響き渡るような咆哮を上げた。

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