第5話 腹が減っては戦が出来ぬ

 早朝の臥竜山は頂上を朝靄に包まれていた。アルが臥竜の生贄として山に入ってからすでに五日以上経過している。すでに臥竜の餌食となっている可能性も少なくはない。少なくともかなり衰弱しているものと思われる。

 

 デリルとネロはマイクが用意したこの宿屋で一番高級な部屋に泊まっていた。二人はあまりの豪華さに最初は緊張して全然眠れないんじゃないかと思ったが、ベッドに入ると最高の寝心地に包まれ、あっと言う間に眠りに落ちていた。

 

 深い眠りから覚め、ネロは窓の外を観た。村全体が見渡せ、そしてその先には目指す霊峰、臥竜山が神々しさと禍々しさをごちゃ混ぜにした怪しい雰囲気をかもし出していた。ネロは思わず身震いする。

 

「アルさん、もう少しです。頑張って」


 ネロは臥竜山に向かって呟いた。ベッドではデリルがもの凄いいびきをかいて寝ている。これまでずっと森の中で静かに暮らしていたのに、ここ数日は世界中を飛び回っていたのだ。デリルの疲れはピークに達しているのだろう。

 

 もともとのミッションは王都から竜殺しの剣を持ってエリザに届けるだけの簡単なお仕事だったのだ。しかし、行く先々で厄介ごとに巻き込まれ、随分と遠回りをさせられてしまった。

 ネロはこれまでの旅路を思い返しながら窓の外にそびえ立つ臥竜山を見つめた。一段と禍々しい雰囲気が漂っているが、もうネロは平気だった。

 

「僕だって、成長したんだ」


 この旅が始まったばかりの頃のネロはお世辞にも役に立つ存在ではなかった。しかし、ネロはこの旅を通して見違えるような成長を遂げていた。

 今や補助魔法も弓の腕前も、第一線で活躍できるスキルを身に付けている。勇者フィッツ亡き今、デリルとエリザに欠けていた部分を補うに有り余る力を身につけたのだ。

 

ドンドンドン!!


 突然、部屋のドアが激しく叩かれた。

 

「おい、デリル、ネロ!! いつまで寝てやがるんだ?!」


 ドアの向こうからエリザの怒鳴り声が聞こえてくる。ネロは急いでドアを開けた。

 

「エリザさん、おはようございます」


 ネロはドアを開けて笑顔で挨拶をする。

 

「おはやくねぇよ! 何時だと思ってるんだ!! ……なんだよ、この部屋。王宮みたいじゃないか。こんなとこに泊まっていいご身分だな!」


 エリザは自腹で宿泊している部屋と比較して悲しくなった。

 

「うーん……。何よ、うるさいわね。せっかく久しぶりに熟睡してたのに……」


 デリルは不愉快そうに目を擦りながら上半身をベッドから起こした。「ネロくん、おはよう。ゆっくり眠れた?」

 

「はい、もう怖いくらい熟睡出来ました」


 ネロは実際、デリルの大いびきさえ気にならないほど熟睡したのだ。

 

「よし、二人とも早く準備しろ。食堂で待ってるからな」


 エリザはそう言い残してドアをバタンと閉めて去っていった。

 

「エリザったら張り切ってるわね」


 デリルはぐっと両手を天に掲げて伸びをする。これまでの疲れが嘘のように吹っ飛んでいる。これほどの快眠は生まれて初めての事かもしれない。

 二人は着替えを済ませ、エリザの待つ食堂へと向かった。

 

 

 

「おう、こっちだ、こっち」


 エリザは朝から名物の親子丼に舌鼓を打っていた。すでに三つ目の丼が空になろうとしている。

 

「あら、おいしそうね。でも私たちは朝食も付いてるのよ」


 デリルはネロと共にエリザの向かいに座る。食堂のウエイトレスではなく、黒服の男がデリルとネロのところにやってくる。

 

「おはようございます、デリル様、ネロ様。最高級スイートルームのモーニングをお持ちしてもよろしいでしょうか?」


「ええ、お願いするわ」


 デリルはどや顔でエリザを見る。黒服は畏まりましたと一礼して去っていく。

 

「へっ、随分偉くなったんだな、デリル」


 エリザは同じパーティでワイバーンの群れを討伐したのに扱いが違う事を不満に思いながらデリルに悪態あくたいく。

 デリルが特別扱いされるのはワイバーンの群れを倒したからではなく、温泉を掘り当てたからなのだから仕方が無い。

 

 正直言って二十年前にワイバーンの群れからこの村を救った事は語り草にはなっているが、当時の事を覚えている者は少ない。

 ところが、温泉に関しては今もなお継続してその恩恵にあずかっているのだからデリルとエリザの扱いに差がつくのも無理は無かった。

 

 まもなくデリルとネロのテーブルにモーニングとは思えないゴージャスな料理が次々と運ばれてきた。最初はドヤ顔でエリザに見せつけていたデリルも、徐々に不安になってくるほど豪華絢爛ごうかけんらんなモーニングコースが運ばれてくる。

 

「せ、先生。どうするんですか? 凄い料理ですよ」


 ネロが恐ろしくなってデリルに耳打ちする。

 

「と、とにかくいただきましょう」


 デリルはそう言って、まずはパンケーキに手を付ける。バターやメイプルシロップ、ホイップ生クリームやチョコレートソースなど、どれを使おうか迷うくらいの様々な調味料や新鮮なフルーツがずらりと並んでいる。カットされた苺やメロン、摘みたてのブルーベリーやラズベリー、オレンジやバナナなども多数取り揃えてある。最初は遠慮がちにバターとメイプルシロップをかけて食べていたデリルも、徐々にフルーツをのせてガツガツと食べ始める。

 

 ネロは焼きたてのパンと絞りたての牛乳を口にする。新鮮な野菜サラダも寝起きの身体に活力を満たしてくれる。

 

「おいしいですね」


 ネロはデリルと顔を見合わせて幸せそうに微笑んだ。

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