第4話 決戦前夜

 号泣し始めた支配人マイクは幼児返りしたようにデリルに抱きついてきた。

 

「ちょっと! あんた、何してるのよ!!」


 デリルは思わずマイクを突き放そうとする。

 

「お姉ちゃん、なんでそのままいなくなっちゃったの? 僕、お礼も言えなかったじゃないか!」


 マイクは泣きじゃくりながらデリルの巨体にしがみ付く。デリルは、二十年前の感情が爆発したマイクをそっと受け止めた。

 

 

 

 ワイバーンから救助したデリルは、マイクを安全な場所に降ろした。

 

「ここで大人しくしてるのよ」


 デリルはウェーブのかかった真っ赤な長い髪を振り乱し、マイクを襲ったワイバーンに再び向かっていく。「いくわよ、それっ!」

 

 デリルは覚えたての隕石落しの魔法でワイバーンを攻撃する。覚えたばかりの魔法だったせいか必要以上に大きな隕石を落としてしまい、村のはずれにクレーターを作ってしまう。そのクレーターから大量の水が噴出したのである。

 のちにその水は温泉だった事が判明し、何も無かった村に観光資源が出来上がった訳だが、当の本人だけがそうとは知らず、とんでもない事をしでかしてしまったと慌てて村を後にしていたのである。

 

 

 

「お姉ちゃん、ありがとう」


 マイクは十歳当時に戻ってデリルに感謝を伝える。

 

「あの時の少年が、こんなに立派になったのね」


 デリルはマイクの頭をポンポンと軽く叩いた。

 

「はっ! も、申し訳ありません、取り乱しました!」


 マイクが我に返ってデリルから離れる。「あなたは間違いなく創業者のデリル様です。この村がここまで発展したのもデリル様のお陰です」

 

「迷惑かけたと思っていたのに、こんなに感謝されてるとは……」


 デリルは困惑していた。

 

「一番豪華なお部屋を手配いたします。どうぞごゆっくりおくつろぎ下さい」


 深々と頭を下げるマイク。すっかり支配人に戻ったようだ。

 

「ありがたいんだけどさ、くつろいでる場合じゃないんだよね」


 デリルはチラッとエリザの方を見る。

 

「良いじゃねぇか。せっかくだから泊めて貰えよ」


 エリザは意外にもそんな事を言い出した。「今日はしっかりこれまでの疲れを癒して、明日万全を期してアルを救出しようぜ!」

 

「そう、そうね。ほんとに大変だったんだから!」


 デリルが言うとネロも同意して深くうなずく。

 

「では、お部屋を用意している間に温泉で疲れを癒してはいかがですか?」


 マイクは温泉用の入浴セット一式を二つ持ってデリルとネロに手渡す。

 

「よし、そうと決まればネロ、アルの代わりに背中流してもらうぞ!」


 エリザが下品にがははっと笑う。「あたしも風呂道具取ってくる」

 

 デリルとネロは従業員に案内されてしばらく歩いていく。ところどころに浴場は見えたが、従業員はさらに先へと案内していく。

 

「こちらがデリル温泉の源泉大浴場です」


 ログハウスのような大きな温泉施設の外に巨大な温泉が姿を現した。先ほどまでちらちら見えていた温泉たちも、ここからお湯を引っ張っているようだ。

 

「うわぁ、大きいですね!」


 目の前に広がる巨大な温泉に、ネロは思わず感嘆の声を上げた。

 

「な、懐かしいわね。未だにちょっと罪悪感があるわ」


 デリルは当時の事を思い出して苦笑を浮かべる。しかし、こうして立派な温泉施設が回りを取り囲み、村の唯一にして最大の観光資源として役に立っている。その事実が、デリルの罪悪感を取り除くのにさほど時間は掛からなかった。

 

「先生! さっそく入りましょう!」


 ネロは先ほどマイクに渡された入浴セットを持って男性用の脱衣所に入っていく。デリルはその隣の女性用脱衣所に入った。

 

「デリル、すげぇだろ? さっさと入ろうぜ!」


 追いついてきたエリザが、あっと言う間に全裸になってデリルを手招きする。何度も入っているエリザは手慣れたものである。デリルもすぐに脱衣を済ませてエリザと共に温泉へ向かう。

 ガラガラガラと横開きの扉を開けて歩いていくと、天然の岩を加工した階段が温泉に向かって伸びている。

 

「先生、凄いですよ。お湯がこんなにいっぱいです!」


 興奮した様子でネロがデリルに言う。もちろんネロも温泉なんて初めてである。

 

「ふふ、ネロくんったら、あんなにはしゃいじゃって」


 デリルは無邪気に手桶でお湯を浴びているネロを見て微笑む。

 

 

 

「良いお湯だったわね」


 デリルたちはバスローブ姿で脱衣所から温泉施設に出てきた。湯上りの温泉客を癒す為の工夫が施されたリラックス空間である。

 温泉施設は宿とは別の従業員がおり、カウンターで荷物を預かってくれる。三人は自分たちの荷物を預け、施設内を色々見て回る。

 

 木目を活かしたログハウスのような作りだが、大きさはかなりのものだ。広い空間にベンチや横になれる場所もあり、マッサージをしてくれる従業員もいる。

 

「素敵だわ、これなら日頃の疲れも吹っ飛ぶわね」


 デリルは行き届いた施設に感心する。「だけど、やっぱりアルくんを救い出してからにしましょ」

 

 デリルが言うとエリザも深く頷く。いよいよ明日は臥竜に挑むのだ。

 

「お前ら、夜更かしするんじゃないぞ」


 エリザはデリルとネロに念を押す。

 

「分かってるわよ、ここまで頑張ったんだもの。絶対アルくんを救うわよ!」


 三人の決意を、臥竜山は静かに見下ろしていた。

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