第3話 去る者は日々に疎し
魔王を討伐して二十年。ずっとあの鬱蒼とした森の中で丸太小屋でひっそりとくらしていたデリル。マリーもエリザも不思議に思っていたのだが、まさかそんな理由だったとは……。
「な、なんでマリーは私にちゃんと言わなかったのよ!」
デリルは自分が逃げ回っていた事を棚に上げて言う。実際、マリーは何度もデリルに伝えようとしていたのだ。なのにデリルが聞こうとしなかったのである。
「マリーだって、その気になれば自分の口座に入金させて着服する事だって出来たんだぜ。でも、ちゃんとお前の口座を伝えたんだ」
エリザはマリーを
「じゃあ、魔王討伐報酬も使ってないのか?」
エリザがデリルに聞く。そんな物があった事さえデリルは知らなかった。考えてみればあれだけの偉業を成し遂げたのだ、王都から報奨金が支払われる事は子どもにだって分かりそうなものである。
「先生って、お金に関してはポンコツだったんですね……」
ネロは残念そうにデリルを見た。
「デリル、受付で創業者特典を申し出てみろよ」
エリザが提案する。この温泉を創業したデリルは創業者特典として宿泊費や温泉施設利用料などが全て無料になるのである。
「そう。じゃあ、せっかくだから申し出てみようかしら」
デリルはすっかりその気になって受付に行った。
「いらっしゃいませ」
「あの、私、デリルなんだけど……」
デリルは恐る恐る受付の女性に名を名乗る。すると女性は深いため息を
「あの、どちらのデリルさんでしょうか?」
「この温泉を作った張本人のデリルよ」
デリルは思ったより冷たくあしらわれて不安になってきた。
「最近多いんです。これまで創業者のデリル様は一度も来られてないんですよ」
「そりゃそうでしょう。私、初めて来たもの」
「その間に創業者を
女性従業員は困った顔をして言う。どうやらデリルも偽者だと疑われているらしい。しかし、どうやって証明すれば良いのか分からない。
「私は本物よ」
デリルは主張するが、女性従業員は受け流す。
「創業者のデリル様は魔王を討伐したメンバーの一人で、魔女でした」
「まぁ、あなた若いのによく知ってるわね」
「この宿の中庭に大きな岩があるんですが、あれを魔法で砕いたら本物だと認めると支配人から仰せつかっております」
女性従業員は右手を中庭の方に向けた。デリルは中庭に目を向ける。
「大きな岩? どこにあるのよ?」
デリルはキョロキョロと中庭を見渡すが、それらしい大岩は見当たらない。
「あれです」
と、女性従業員が指差したのは直径二メートルほどの岩だった。大きいと言えば大きいが、デリルから見れば小さい部類に入る。
「へ? あれを砕けば良いの?」
デリルは困ったように女性従業員に確認する。
「無理なら創業者のデリル様とは認められません。お引取りを……」
女性従業員は深々と頭を下げる。
「あのね、私は本物なの。あんな小石、簡単に砕けるわよ」
デリルはため息を
デリルの掛け声と共に大岩は粉々に砕け散った。
「……」
「どうかしら? 分かってくれた?」
デリルが言うと、真っ青になった女性従業員が、
「し、失礼いたしました! 今、支配人を呼んでまいります!」
デリルの返事を待たず、女性従業員は走り去って行った。
「本物が現れた?」
支配人は息を切らした女性従業員の報告を受け、
「め、目の前であの大岩を粉々に……」
「落ち着きなさい。分かった、私が確かめよう」
支配人は女性従業員と共に受付に向かう。受付にいるのは冴えない田舎者丸出しの太った中年女性である。あんなのが創業者のデリル様の訳が無い。一瞬、追い返そうと考えたがもう一度冷静になって考えてみた。
この温泉が出来たのは魔王討伐よりも少し前、およそ二十年前の出来事である。当時の勇者パーティも今は四十歳前後のはずである。そう考えると計算が合う。
「お待たせしました。支配人のマイクです」
マイクは深々と頭を下げる。注意深くデリルを隅々まで物色する。ウェーブの掛かった真っ赤な髪、瞳もそれと同じ
「あれ? あんた、どっかで見た事があるわね」
デリルはじっとマイクの顔を見つめた。
「そ、そうですか? 私は当時、まだ十歳くらいで……」
マイクが困った様子でそう言うと、
「あっ、思い出した! ワイバーンに腕掴まれて宙吊りにされたあの子!!」
デリルが言うと、マイクの記憶がフラッシュバックする。ワイバーンの群れが村を襲撃し、逃げ遅れたマイクは腕を掴まれて遥か上空まで連れて行かれたのだ。
泣きじゃくるマイクを黒いローブを着た真っ赤な髪の女性が
「まぁ! どうしたの?」
デリルはおろおろしてマイクを見た。マイクは大粒の涙をこぼしていた。
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