第2話 覆水がボーン!
「デリル、本当にすまなかった!」
エリザは頭をテーブルに擦り付けるようにしてデリルに謝った。「ネロ、お前が怒るのも無理は無い。あたしだったら腕の一本くらいへし折ってるよ」
「分かれば良いのよ、エリザ」
デリルはさっきのネロの雄姿を思い出してまたキュンとなる。
「お詫びにここはあたしが奢るから、なんか食べようぜ」
エリザはそう言って手を挙げる。ここはエリザが宿泊している宿の一階にある食堂である。かなり遅い時間なので人もまばらだ。
「はい、お呼びでしょうか?」
ウエイトレスが注文を取りに来る。
「えーっと、デリルは何にする?」
「そうねぇ……。夜も遅いし、軽めにしておきましょう」
デリルは手元のメニューを見ながら、「ハンバーグステーキセット大盛りで」
「軽めでそれですか……」
ネロは思わず突っ込む。「あ、僕はオレンジジュース下さい」
「あっ、オムライスもおいしそうね、それも」
デリルはさらにメニューを物色する。
「ここは親子丼も旨いぞ」
「そうなの? じゃあそれもお願い」
デリルはメニューから目を離さずに注文する。「あっ、パスタもあるじゃない。ミートソースとカルボナーラを大盛りで」
「あの……」
次々に注文するデリルを呆れて見ているネロ。
「後は鶏のから揚げとフライドポテトと……」
デリルはさらにページを捲る。とうとうデザートのページである。「うーん、デザートは後にするわ。とりあえずそれで」
「あたしはさっき食べたばっかりだからラーメンセットだけにしておくよ。あ、ラーメンとチャーハン大盛りね」
ウエイトレスは全てをメモしてかしこまりましたと頭を下げて立ち去った。
「最近、食欲がないのよね」
デリルはふぅとため息を吐く。
「あたしもアルが心配で食べ物が喉を通らないよ」
エリザもデリルに同調する。ネロは二人の会話を不思議そうに聞いていた。
しばらくすると次々に料理が運ばれてきた。食欲が無いはずのデリルが次々に料理を平らげていく。ガツガツとおいしそうにもりもり食べる姿を見て、ネロは呆れながらもなんだか嬉しくなってしまう。
「ネロ、本当にジュースだけで良いのか?」
エリザが心配そうに言う。「ほら、から揚げくらい食っとけよ」
「こらっ、私のから揚げ、勝手に取るんじゃないわよ!」
デリルはパスタをズルズル啜りながらエリザを睨みつける。ネロに食べさせるふりをしてちゃっかりエリザが食べているのを見逃すデリルではなかった。
「ここの料理、なかなかイケるだろ? あたしもついつい食べ過ぎてな」
エリザはチャーハンをかき込みながら言う。「療養中は動けないからめちゃくちゃ太ったんだよ。ま、今は運動してるから大分元通りだ」
「そうなんだ。私は魔法でカロリーを消費するから太る心配は無いわ」
デリルは親子丼をかき込みながら言う。「確かに美味しいわね、コレ」
「だろ? なぁ、そろそろデザート頼んでおくか?」
エリザが言うと、デリルは黙って頷く。エリザはすでに食べ終えており、デリルもすでに八割方食べ終えている。「おーい、メニューのデザート一通り三つずつ持ってきて」
「え!? ぼ、僕そんなに食べられませんよ」
ネロは慌ててエリザを止めようとする。
「お前のは頼んでないぞ。デリルのが二つずつ、私が一つずつだ」
エリザは当たり前のように言う。
デザートが次々と運ばれてくる頃、ちょうどデリルの料理が全て片付いた。ほとんど休みなくデリルはデザートに着手する。エリザも負けじと食べ始める。
いつの間にかデリルたちのテーブルの周りには黒山の人だかりが出来ていた。もうかなり遅い時間なのに宿中に噂が広まったようである。
やがて全てのデザートが平らげられ、どこからともなく拍手が巻き起こった。ネロは恥ずかしくってしょうがなかったが、エリザとデリルは立ち上がってカーテンコールのように二人並んで各方向に一礼する。
「さて、それじゃ温泉に入ろうぜ」
エリザはデリルに提案する。「デリル温泉、儲かってるみたいだな」
エリザが冷やかすように突っつくと、デリルは困ったような顔をする。
「ま、まぁ、偶然ね。私と同じ名前の温泉なんて……」
デリルはあくまで別人であると強調したいらしい。
「何言ってるんだ? お前の名前だよ。お前の作った温泉じゃないか」
「シーーーーッ!!」
デリルはたまらずエリザの口を塞ぐ。「誰が聞いてるか分からないんだからね! 損害賠償請求されたらどうするのよ!」
「へ? 何言ってるんだ? 損害賠償どころか毎月売り上げの数%が入ってきてるだろ? かなりの額のはずだぞ?」
エリザは不思議そうに言う。なにやら行き違いがあるようだ。
「私がこの村に隕石を落とした時、そこから大量の水が
デリルは莫大な請求をされると恐れてさっさと村を逃げ出したのである。代わりにマリーが対応したところ、温泉にデリルの名前を使わせて欲しいという事と、温泉の売り上げの一部を毎月支払うという事であった。
「お前、まさか、損害賠償請求が怖くてあんなとこに住んでたのか?」
エリザは呆れてデリルを見つめた。
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