第6章 臥竜山の麓

第1話 ネロの逆鱗

 大聖堂を後にしたデリルとネロは、マーガレットの邸宅を訪ねた。

 

「デリルさん、お目当ての物は手に入ったんですか?」


「ええ、ばっちりよ。案外お茶目な聖女様ね」


 そう言ってデリルはマントを翻してみせた。

 

「マーガレットさん、お世話になりました」


 ネロは丁寧にお辞儀した。

 

「ああ、そうなの。元の世界に帰るのね」


 マーガレットは二人の前に立つと両手を広げてなにやらつぶやき始める。「それじゃ、頑張ってね!」

 

 気がつくとデリルとネロは元の森の中に立っていた。

 

「さぁ、急ぎましょ!」


 デリルはほうきまたがって後ろにネロを乗せる。「まずはドワーフの集落ね。行くわよ、それっ!」

 

 掛け声とともに一気に加速すると、一直線にドワーフの集落へ飛んでいく。

 

 

 

「ゲレオンさん、出来た?!」


 デリルは勢い良くゲレオンの工房のドアを開けた。

 

「おっ、デリルさんか。相変わらず別嬪さんじゃのう」


 ゲレオンは涎を垂らしそうなデレデレの顔でデリルを迎える。

 

「いいから! 竜殺しの剣は完成したの?」


 デリルはゲレオンをあしらって再びたずねる。

 

「見てみい。職人の魂を込めた究極の逸品いっぴんじゃ!」


 ゲレオンはいつもの職人の顔に戻り、輝く竜殺しの剣をデリルに見せた。

 

「うわっ、凄い。新品同様じゃないですか!」


 ネロは刀身に映る自分の顔を見てゲレオンの仕事を絶賛する。

 

「うむ、まさに新品そのものじゃ。こいつは生まれ変わったんじゃよ」


「ありがとう。これでアルくんを助けに行けるわ!」


 デリルは剣を掴んで工房を出ようとする。

 

「これ、落ち着け。まだあるんじゃ」


 ゲレオンは弟子のラウラに目配せする。ラウラはうやうやしく鞘を持ってくる。「これほどの剣を裸で持たせる訳にはいかんじゃろ。鞘も作ったぞい」

 

 確かに鞘が無ければサマにならない。デリルはラウラから鞘を受け取り、竜殺しの剣の刀身を収める。見事なフィット感でぴたりと収まった。

 

「おお、お帰り、デリルさん」


 長のヴォルフが知らせを受けて駆けつけてきた。「ゲレオン爺さんの最高傑作じゃ。しっかり役立てて下されよ」

 

「みんな、ありがとう。またお礼に来るわね」


 デリルは再び箒に乗り、ネロを後ろに乗せて浮上する。

 

「良い知らせを期待しておるぞ」


 ゲレオンとヴォルフ、そしてラウラが、浮上したデリルたちに笑顔で手を振る。

 

「じゃあね、それっ!」



 ◇



おせぇ! あいつ、どこで道草食ってやがる!!」


 エリザはイライラしていた。デリルに手紙を送ってからすでに五日が経過していた。急ぎの便で送ったから翌日にはデリルに届いているはずだ。マリーにも連絡しているから竜殺しの剣を持ってくるのにせいぜい三日くらいだと思っていた。

 ところが、待てど暮らせど一向にデリルはやって来ない。

 

「これじゃ、怪我が治るどころか、身体がなまっちまうよ」


 エリザは天然温泉による湯治とうじですっかり回復していた。それなのに肝心の竜殺しの剣がいつまで待っても来ないのである。エリザにしてみれば、剣を王都からこの町まで運ぶだけだと思っているからイライラするのも無理は無い。

 

 と、そこへデリルとネロがほうきで飛んできた。窓から外を見ていたエリザは二人を見つけて急いで外に駆け出した。

 

「あっ、エリザ。持ってき……」


 デリルがエリザの姿を見つけて声を掛けると、

 

「遅ぇよ! てめぇ、どこほっつき歩いてたんだ!」


 喰い気味にエリザがデリルを怒鳴りつけた。

 

ヒュッ!


 風を切る音がして、エリザの頬に何かがぶつかった。

 

「いてっ! なんだ?」


 エリザが驚いて周囲を見渡すと、デリルの横で鬼のような形相で弓を構えたネロがエリザをにらみつけていた。


「先生に謝れ」


 ネロは珍しく本気で怒っていた。デリルの苦労は一緒にいたネロが一番よく分かっている。何も知らないくせにいきなり怒鳴りつけたエリザが許せなかったのである。ただならぬ雰囲気にエリザも一瞬ひるんだ。

 

「ネ、ネロ……だよな? お前、どうしてそんな……」


 エリザが言いかけると、

 

ヒュッ!


 と、ネロが矢を放つ。先ほど当たった場所に再び痛みが走る。

 

「いいから早く謝れ!」


 ネロはそう言いながら次の矢をセットする。

 

「わ、分かったよ。デリル、悪かった」


 エリザはデリルに頭を下げた。「おい、これで良いだろ?」

 

 ネロはようやく弓矢を片付けた。

 

「ネロくん……」


 一連のやりとりを黙って見ていたデリルは目をうるませた。自分のためにあの凶暴なエリザに弓矢一つで立ち向かうなんて……。デリルは年甲斐も無くネロにキュンキュンしていた。

 

「ネロ、お前、弓なんか使えたんだな」


 エリザが言うと、

 

「すいません。思ったより強く当たっちゃいました」


 ネロはいつもの調子でエリザに謝った。「本当はもう少しかすらせようとしたんですが、やっぱ冷静でないと駄目ですね」

 

「馬鹿、当たってねぇよ、羽根がかすっただけだ」


 エリザが笑うと、


「ええ。ですから羽根をかすらせようとしたんですよ?」


 と、ネロは不思議そうに言った。ネロは矢は当てずに羽根の部分だけをエリザの頬にかすめさせていたのである。ネロにとっては容易たやすい事だった。

 

「おい、嘘だろ? 狙って羽根だけ当てたって?」


 エリザは急にネロが恐ろしくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る