第10話 聖女からの贈り物

「ああっ! 聖女様!! 大丈夫ですか?!」


 ネロは炎に包まれたオータムに向かって絶叫する。手加減を知らないデリルの魔法がオータムを包み込んでいるのである。

 

「ちょ、ちょっと。まさか……」


 デリルは大丈夫だと思って手加減無しの魔法をぶち込んだのだ。しかし、最高峰の魔女による最大級の攻撃である。伝説の魔道具と言えども……。

 

 オータムを包み込んだ業火はさらに威力を増しているように思えた。このままでは聖女が消し炭に変わってしまう。デリルとネロは固唾を呑んで見守った。


「先生! いくらなんでもやり過ぎですよ!!」


 ネロはいまだ勢いの衰えない炎を見ながらデリルに言う。

 

「嘘でしょ? オータム、死んじゃわないよね?」


 デリルは無邪気に放った炎を不安そうに見つめる。

 

 ようやく火の勢いが衰えてきた。そこから現れたのはさっきまでと何の変化も見られないオータムの姿だった。

 

「と、まぁ、このように……」


 オータムはマントを翻してにっこりと微笑む。どうやら無事のようだ。

 

「凄い! あの灼熱の炎を受けて無傷なんですか!?」


「凄いのはデリルよ。ちょっと熱かったもん」


 オータムは感心して言った。「これを身に付けていればマグマの中でも平気なのに、一瞬不安になったわ。さすがは魔王を討伐した魔女ね」

 

 ネロはデリルの魔法を喰らっても平気な不知火のマントの方に感心していた。人並み外れたデリルの攻撃魔法の凄まじさをネロは何度も目の当たりにしている。やはり不知火のマントというのはエルフの作った魔道具の中でもかなり優れた逸品なのであろう。

 

「これなら臥竜のブレス攻撃も防げますね!」


 あの業火を耐えたのだ。いくら臥竜が伝説級のドラゴンとはいえ、あれ以上のブレスを吐くとは思えない。これでいよいよ、臥竜討伐の準備は整った。

 

「ブレスは良いけど、臥竜の牙や爪にはどう対処するの?」


 手を取って喜ぶデリルとネロに水を差すようにオータムが言う。そう、臥竜はブレス攻撃しかしてこない訳ではない。牙や爪による攻撃も恐ろしいが、その巨体による尻尾や体当たりなどの攻撃も並大抵ではないだろう。

 

「デリル、あなたは補助魔法は使えるの?」


 オータムが問う。デリルは英語の出来ない日本人のようなゼスチャーで、

 

「ノーノー、ワタシ、デキマセーン」


 と両手を振った。「でも、ネロくんは補助魔法が得意よ」

 

「そうなの? 良かったわ。じゃあネロくんにしましょう」


 オータムはネロの方を見て微笑む。「あなたにエルフの秘術を教えるわ」

 

「エルフの秘術……ですか?」


 ネロはその言葉の重さにごくりと唾を飲み込む。

 

「良いの? そんな簡単に教えて」


 デリルが心配そうにオータムに訊く。

 

「まぁ乗りかかった舟だし、きちんと臥竜を討伐して欲しいからね」


 オータムはそう言ってネロの後ろに立ち、両肩に手を乗せた。「じゃ、早速で悪いけど、隣の部屋に行きましょう」

 

 戸惑うネロを押すようにして衝立の奥の部屋に連れ込もうとするオータム。慌ててデリルがオータムを止める。

 

「ちょ、ちょっと! 秘術を教えるのになんで場所を変えるのよ」


「あ、もしかしてその部屋に祭壇とか何かあるんですか?」


「え? 別に何も無いわよ。隣は私の寝室」


 オータムは悪びれる様子もなく言った。「秘術の伝授にはかなりの体力を必要とするから寝室の方が良いのよ。多分、ネロくんも疲れて寝ちゃうわ」

 

「あんた、本当に秘術の伝授なんでしょうね?」


 デリルがオータムを睨み付ける。

 

「……。さ、ネロくん、こっちよ。行きましょう」


「ホントに秘術の……」


 デリルの言葉を無視して二人は奥の部屋に入って行った。もやもやするデリルだったが、十分ほどするとネロとオータムは部屋から出てきた。

 

「お待たせ。秘術の伝授はばっちりよ。ね、ネロくん?」


 オータムはぽんっと後ろから両肩を突き飛ばすように叩く。ネロはよろよろとふらつきながらデリルの方に歩いてきた。

 

「ちょ、たった十分で何があったのよ……」


 デリルはげっそりとしたネロの様子を見てオータムに尋ねる。

 

「ふふ、デリルったら、あの部屋が寝室だなんて本気にしたの?」


 オータムは悪戯っぽく笑う。「あそこは異空間に繋がってるのよ」

 

「い、異空間?」


 デリルはネロを支えながらオータムを見る。

 

「そう、そこはね、この場所での十分間が一年分の長さなのよ。つまりネロくんは一年分の修行を積んだってわけ」


 それが本当だとすると、一時間で六年分って事になる。恐ろしい部屋である。

 

「一年? その割にはネロくんは大きくなってないわよ?」


 デリルは相変わらず小柄で可愛らしいネロを見て言う。

 

「だって、実際には十分しか経ってないんだから当然でしょ?」


 オータムはそう言いながらいつの間にか脱いでいた不知火のマントをデリルに手渡した。「じゃ、頑張ってね。またいつでも遊びに来てね」

 

「ありがとう。終わったらまたコレ、返しに来るから」


 デリルはそう言って不知火のマントを羽織った。

 

「聖女様、色々ありがとうございました」


 ネロもオータムに挨拶をする。二人はそのまま執務室を後にした。

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