第9話 聖女の秘密

「やっぱ驚いちゃった?」


 オータムは唖然としているデリルとネロにくだけた口調で問う。

 

「え、ええ……。かなり、その、衝撃的だわ」


 デリルは言葉を選んだつもりだったが、完全に選択ミスをしていた。

 

「オータムさん、すごく素敵です」


 ネロは正直にオータムに伝える。

 

「まぁ、ありがとう。きっとキミならそう言ってくれると思ったわ」


 オータムは嬉しそうにネロに微笑む。「昔はこんなんじゃなかったのよ」

 

 金髪碧眼で透き通るような白い肌、尖った耳という典型的なエルフの特徴を持つオータム。にも拘らず、デリルとネロがこれほど驚いたのには理由がある。

 

 オータムはデリルに負けないくらい、いやデリル以上の豊満巨女であった。身長百七十五センチというのはエルフにとっては驚くほどの長身ではないが、体重は百二十キロくらいありそうだ。

 

「エ、エルフにしてはその……むっちりしてるわね」


 デリルは自分の事は棚に上げてオータムに言った。

 

「あんたたちが魔王を討伐した時くらいからかしら」


 オータムはふぅとため息を吐く。「淀んだ空気が一掃されて、良質な魔力が溢れてきたの。その溢れた魔力を吸収しすぎてこのザマよ」

 

 オータムは両手を広げておどけてみせる。聖女と言われる割には神々しさのようなものが感じられない。

 

「じゃあ、他にも影響を受けたエルフがいるのかしら?」


エルフと言えば痩身なイメージである。聖都にやって来てからもオータムのような豊満なエルフは見た事ががない。


「これまでにそういった報告は入っていないわ。どうやら私だけみたい」


 オータムはちょっと悲しそうに笑った。「魔力を吸収して肥満化するなんて聞いた事がないわ。私だけの特異体質でしょうね」

 

「もしかしてそれが原因で公の場から姿を消したの?」


 デリルが尋ねると、オータムは頷く。

 

「大聖堂の聖女と言ったら、エルフを代表する存在よ。こんなエルフとは思えない姿で群衆の前に立てるもんですか」


「で、でも、オータムさんはとってもお綺麗ですよ」


 ネロは本心からそう言った。

 

「うふふ、みんながキミのように思ってくれたら良いんだけどね」


「はっ! もしや、私も魔力の影響を受けて……」


 デリルは真剣な眼差しでブツブツと言い始める。「そうだわ。考えてみれば、エリザもマリーも、魔王討伐メンバーはみんな太ったじゃない」

 

 しかし、ネロは冷ややかな目でデリルを見ていた。デリルたちの場合は典型的な中年太りである。それでなくても加齢によって代謝は落ちるというのに、若い頃と変わらず、むしろ若い頃よりも沢山食べていればしっかりと備蓄されていくのだ。

 

「え? デリルの仲間も似たような体型なの?」


 オータムはうれしそうにデリルに訊く。何しろオータムの周りには自分と同じような体型は一人もいないのだ。

 

「マリーなんて娘三人も同じような体型よ。きっと魔王の呪いだわ……」


 デリルは深刻そうに言う。どうやら本気でそう思い始めたらしい。もしもマリーの娘三人が呪いによって太らされたと言うのなら、同じ家に住んでいたアルが小柄なのはどう説明するのだろうか?

 

「え? アルさんも太ってるんですか?」


 ネロはデリルに聞いてみた。デリルは一瞬、自説が根底から覆されたような顔をしたが、再び真剣な表情で、

 

「魔王の呪いは女性にしか効かないんだわ。恐ろしい呪いね」


 と、都合の良い解釈で結論付けた。恐ろしい呪いにしては女性を太らせるだけである。そんな呪いを死に際の魔王がかけるとは思えないが……。


「呪いの話は一旦置いておいて」


 ネロは勝手に納得しているデリルを放置して話を進める。「不知火のマントについて教えていただけますか?」

 

「これよ、これ。私が今羽織ってるのが不知火のマントなの」


 オータムはその場で立ち上がり、くるりと一回転してみせた。ふわりとマントが翻る。表が赤で裏が青というカラフルなマントである。大柄なオータムをすっぽりと包むようにフィットしている。

 

「良いわね、私も着けてみたいわ」


 デリルが立ち上がってオータムに手を伸ばす。


「暗殺から身を守るために作られたマントなの。エルフの世界では魔法で襲われる事が多かったから絶大な効果を発揮したわ」


 オータムが余計な事を言ったので、デリルの目が光る。

 

「そうなの? ちょっと試して良い?」


 デリルは伸ばしていた手を天に掲げ、メラメラと炎を出す。

 

「ふふ、人間の火炎魔法なんて全然問題ないわ」


 オータムは余裕の表情を浮かべる。

 

「凄い自信ね。よーし! ちょっと張り切っちゃお!!」


 デリルは片手で練っていた炎を両手でさらに大きくしていく。ただの炎の球とは思えない、赤を通り越して白くなった球は、太陽のような熱気を発している。

 

「ほ、本当に大丈夫なんですか? あれ、小さな国ならあっと言う間に焦土と化すくらいの魔法ですよ?」


 ネロが心配してオータムに言う。オータムは不知火のマントの力を信じて涼しい顔をしている……、と言いたいところだが、実際にはデリルの作った炎の塊の熱気で汗がだらだらと滴っている。

 

「いくわよ、それっ!」


 ついにデリルは練りに練った究極の火炎魔法をオータムに放った。

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