第6話 彷徨う二人

 博士の指差した場所はここからかなり離れていた。それでもデリルが本気で飛べば二、三時間で行けそうである。

 

「ここで悩んでいてもしょうがないわ。とにかく聖都に行ってみましょう!」


 デリルはすくっと立ち上がると、ネロの方を見た。「ネロくん、本気で飛んでも良いかしら?」

 

「大丈夫ですよ。僕もずっと一緒に飛んでたんで、慣れてきました」


 ネロは笑って答える。「一応、酔い止めは飲んでおきますけど……」

 

「博士、いろいろありがとう。遺跡調査頑張ってね」


「うむ。とりあえず聖都に着いたら聖女様を訪ねる事じゃ」


「聖女様?」


「大神殿を治める最高責任者じゃ。会ってくれるかどうかは分からんが……」


 デリルたちが博士と共に集落の広場に歩いてくると、ヴァイオレットが駆け寄ってきた。

 

「ネロ、もう行くのか?」


「はい、色々ありがとうございました。そうだ、弓矢を返さなきゃ……」


 ネロが背負った弓をヴァイオレットに渡そうとすると、

 

「持って行きなさい。君はきっと素晴らしいスナイパーになる。期待してるぞ」


 ヴァイオレットはそう言ってさらに別の矢の束をネロに手渡した。

 

「なんと、ヴァイオレットのお墨付きか! そりゃ将来有望じゃな」


 博士は二人のやり取りを聞いて驚嘆する。ヴァイオレットはエルフの中では一、二を争う弓の名手である。やはり守護者を一発で仕留めたのは偶然でもまぐれでもなくネロの紛れもない実力だったのだと博士は確信した。

 ネロはのちに王都で行われる弓矢の大会で十年連続優勝を果たし、殿堂入りする事となるのだがそれはまた別のお話。

 

「それじゃ、そろそろ行くわね」


 デリルは箒に跨ってネロを後ろに乗せる。デリルたちはゆっくりと上空に上がっていく。博士とヴァイオレットが二人を見上げている。

 それっ! といういつものデリルの掛け声と共に、二人はあっと言う間に空の彼方へと消えていった。

 

 

 

 デリルは全力で飛んで来たが、辺りはすっかり暗くなっていた。博士に教わった位置まできたが、聖都と呼ばれるような大きな都があるようには見えない。

 

「おかしいわね、この辺のはずなんだけど……」


 デリルは森の入口でキョロキョロと辺りを見回した。

 

「もしかしたら妖精の村みたいに別の空間なのかもしれませんね」


 ネロはそう言ってデリルとは違う目で辺りを見渡す。

 

「ネロくん、大丈夫?」


 デリルは全速力で飛んだので心配になってネロに尋ねる。

 

「え? ああ、大丈夫ですよ。もうすっかり慣れたみたいです」


 ネロはケロッとした顔で微笑み返した。初日の様子が嘘のようである。デリルたちはその後も周囲を調べてみたが、何も見付からなかった。

 

「もう! ここだって事は分かってるのに……」


 デリルは入口が見付からずイライラしていた。このままではここで野宿する事になりかねない。

 

「こうなったらティムに相談してみましょうか?」


 ネロはこの世界から妖精の村に連れて行ってくれたティムに疎通の魔法で問い合わせてみる事にした。

 

(あら、ネロくん。どうしたの?)

 

「実は……」


 ネロは掻い摘んでティムに状況を説明した。

 

(多分、私が以前そうしていたように、その場所にもあなたたちの様子を窺っている誰かがいるはずよ。ネロくんの方から話しかけてみたら?)


 ネロはそう言われて、試しに大きな声で話しかけてみた。

 

「聖都に行きたいんですけど、どなたかいらっしゃいませんか?」


 しかし、しーんと静まり返ったまま何の反応もない。

 

(居留守を使う気みたいね。ククク……、いい事考えちゃった)


 ティムは良からぬ事を企んでいる時の笑い方をした。ヒソヒソとネロに作戦を伝える。ネロは驚いた顔をしたが、他に方法が無いのでやってみる事にした。

 

「先生、ちょっと良いですか?」


 ネロはデリルに耳打ちする。

 

「ふんふん、分かったわ。ふふ、ティムらしいわね」


 デリルは悪戯っぽく笑ってネロから少し離れた。デリルはふわりと空中に浮かび上がったかと思うと、両手を広げて天にかざして巨大な炎の球を出した。

 

「ここには何も無いようですねー、それじゃ、燃やしちゃいましょう!」


 ネロは大きな声でデリルに向かって言う。

 

「そうね、この辺一帯を焼け野原にしちゃいましょう!」


 デリルはそう言ってさらに火の勢いを強くする。「いくわよ、そ……」

 

(ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!)


 二人の耳に、焦った女性の声が聞こえてきた。

 

「あれー? 空耳かな? さっき話しかけた時は返事が無かったですよね?」


 ネロはすっ呆けてキョロキョロと辺りを見渡す。「先生、そんな大きな炎の球を放ったら、この辺りには当分草木一本生えませんよー」

 

(じょ、冗談じゃないわ。分かった、聖都に転送してあげるから……)


「あら、私の耳がおかしくなったのかしら? 何をしてあげるって?」


 デリルはさらに火力を高める。ネロはかなり離れていたがちょっと熱気を感じていた。どうやら本当に怒っているようだ。このままでは冗談抜きで炎の球を放ちかねない。ネロは慌てて声の主に言う。

 

「お姉さん、先生は怒ると怖いんです! ちゃんと謝って下さい!」


 ネロは声の主に向かって絶叫する。「こ、これ以上怒らせたら僕にも止められませんよ。は、早く!」

 

(うわぁ! ご、ごめんなさい! すいませんでした! 失礼こきやした!)


 パニックを起こす声の主。その声を聞いてデリルはようやく火力を弱めた。

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