第2話 弓矢の才能

 弓部隊長のヴァイオレットによると、博士は各地にエルフが残した遺跡を調査しているらしい。ほとんどが森の中にあるらしいが、中にはとんでもない洞窟の奥深くにあったり、山の頂上付近にあったりする事もあるという。

 

 どういう理由で作られた遺跡なのか? 各地を回って調査をしているのだ。

 

「その博士はどこに?」


 ネロは周囲を見渡しながら尋ねる。

 

「今はこの奥にある遺跡を調べているよ。もうすぐ戻ってくると思うが……」


 ヴァイオレットは入ったばかりのジャンが回収してきた矢を何本か受け取る。さっき、デリルとネロに放った矢である。ある程度痛んだ物は破棄するが、そうでもない矢は使いまわしているようだ。「ところで、君は武器は持ってないのか?」

 

 丸腰のネロを見てヴァイオレットがく。

 

「ええ。僕は補助魔法を使います。先生は攻撃魔法の専門家です」


 ネロが答えると、

 

「じゃあ、物理的な攻撃は出来ないじゃないか。それじゃ、この先困るぞ」


 ヴァイオレットは真剣な面持おももちでネロに言う。「私が少し教えてやろう」

 

「いや、僕たち、急いでますので」


 ネロは困ったようにデリルを見る。

 

「博士はまだ戻ってこないみたいだし、教えてもらったら?」


 デリルがそう言うので、ネロはしぶしぶヴァイオレットと訓練場に向かう。ヴァイオレットは沢山の弓の中からネロの使えそうな一つを探し出す。

 

「じゃあ私がやり方を教えるからその通りにやってみなさい」


 ヴァイオレットは的に向かって身体の左側を前にして立つ。腰に引っ掛けてある矢袋の中から一本取り出し、弓にセットし、ゆっくりと弦を引っ張る。

 

 ヒュッ!

 

 弓から矢が放たれ、真っ直ぐに的に向かって飛んでいく。

 

 カツッ!

 

 見事に的のど真ん中に矢が刺さる。

 

「こんな感じだ。さあ、やってごらん」


 ヴァイオレットは自分の隣の的を狙うようにネロに指示する。

 

「弓矢なんて初めて触りますよ……」


 ネロはヴァイオレットの所作を思い出しながら見よう見まねで弓に矢をセットして弦を引っ張っていく。

 

 ヒュッ! カツッ!

 

 ネロの矢が的の真ん中に当たる。

 

「うおっ! 凄いじゃないか。きみ、本当に初めてか?」


 ヴァイオレットが興奮気味にネロに言う。

 

「あぁ……」


 ネロは残念そうな声を出す。「少し右にいっちゃったなぁ……」

 

 よく見るとネロの矢はど真ん中から一センチ右に刺さっていた。

 

「えっ?」

 

 ヴァイオレットはネロの意識の高さに絶句する。

 

「止まってる的でこの精度じゃ、動いてる的には当たりませんよね」


 ネロは照れ笑いを浮かべながらぽりぽり頭を掻いた。

 

「ネロくん、上手じゃない! 練習すればもっともっと上手になるわよ」


 デリルは離れたところからネロに声援を送る。

 

「ありがとうございます。でも僕には向いていないみたいです」


 ネロは残念そうに弓と矢を片付けようとする。

 

「おい! 何をやっているんだ! 続けなさい」


 ヴァイオレットがネロに言う。「君、弓矢の才能があるぞ!」

 

「え? でも失敗したじゃないですか」


 ネロは不思議そうに言う。

 

「どこが失敗だ! もう一度やってみなさい」


 ヴァイオレットが言うので、しぶしぶネロはもう一本矢を放つ。

 

 ヒュッ! カッ!

 

 ネロの放った矢は先ほどネロが放った矢の真上に刺さった。

 

「ほらぁ、また外れた。今度は上にずれましたよ」


 ネロはがっかりした様子で言う。

 

「おい、君。今度はこれ、やってみるか?」


 ヴァイオレットは円盤を取り出した。これを投げてネロに弓矢で当てさせようというのである。普通なら初めて弓矢を持った少年が出来る芸当ではない。

 

「そ、そんなの無理ですよ。矢をセットする間に落ちちゃいます」


 ネロは困ったように言う。円盤を飛ばして、矢を弓にセットして、狙いを付けて……そんなの間に合う訳がない。


「君が矢をセットして、こっちが合図して円盤を投げるんだ」


 ヴァイオレットが言うと、ネロは不思議そうに、

 

「そんなんで良いんですか?」


 そう言って弓に矢をセットする。ネロにしてみれば飛んでる円盤をこのまま射抜くだけの簡単なお仕事である。

 

「良いか? 投げるぞ?」


 ヴァイオレットが言うとネロがうなずく。それを見てヴァイオレットが円盤を放り投げた。

 

 放物線上に飛ぶ円盤をじっと見てネロは矢を放った。

 

 ヒュッ! カーン!

 

 あっさりと飛んでる円盤にヒットするネロの矢。

 

「あっ、刺さらなかった……」


 ネロはがっかりした様子でヴァイオレットを見た。「駄目でした……」

 

「君は天才だ! これからは弓矢で戦いなさい!」


 ヴァイオレットは興奮冷めやらぬ様子でネロを称えた。

 

 デリルはその光景を目にして、ある事を思い出した。

 

 ある日、丸太小屋でご飯を食べていたデリルとネロ。そこに蝿が一匹飛んできた。ぶんぶんと飛び回る蝿を見て、ネロが「うるさいなぁ」と言って無造作にひゅっとフォークを投げたのだ。

 そのフォークは見事に蝿にヒットし、そのまま壁に突き刺さった。ネロは何事もなかったようにフォークを引っこ抜いて、洗い場で洗って食事を続けたのだ。

 

「あれって偶然じゃなかったのね……」


 デリルは大騒ぎしているヴァイオレットと困った顔をしたネロを遠目に見つつ、天使のようなネロくんが弓矢で戦ったらキューピッドね、なんて思っていた。

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