第4話 トラブル発生

「先生、ひょっとしたら僕らの住んでる森にいるかもしれません」

 

 ネロは頭を抱えたデリルを励ますように言う。

 

「どうしてそう思うの?」


 デリルは尋ねる。確かに鬱蒼うっそうしげるデリルとネロの住んでいる森にエルフが住んでいても不思議ではない。不思議ではないが絶対とは言いきれない。

 

「僕、毎日薬草を集めるために森の中を歩き回るじゃないですか。朝早い時間帯に、時々濃い霧が立ち込める時があるんです」


 弟子になったネロの主な仕事は、デリルが自家製のポーションを作る時に使う為の薬草集めである。

 

「そうなの、それで?」


 デリルはネロにその先を促す。

 

「その時、女の人の笑い声みたいな不思議な声が聞こえてくるんです」


 ネロがその声を聞いたのは一度や二度ではない。ただ、それがエルフによるものなのか、別の魔物によるものなのかは今の段階では分からない。

 

「なるほどね。根拠としては薄いけど、試してみる価値はあるかもね」


 デリルはネロの話を聞いて少し疑問に思った。ネロが来る前はデリルが薬草を集めていたのだが、その時は濃い霧も出なければ女性の声が聞こえた事もなかった。それなのにネロだけがその声を聞いているのだ。

 

「もしもそれがエルフによるものであれば、妖精の首飾りにも反応するはずじゃ」

 

 ヴォルフは二人のやり取りを聞いて話に入ってくる。

 

「それじゃ試しに行ってみましょう」


 デリルはそう言って立ち上がる。

 

「ふむ、今はそれしか方法がなさそうじゃな」


 ヴォルフはそう言ってデリルたちを見送ろうと立ち上がる。

 

「そうだ、ゲレオンさんにも挨拶して行きましょ」


 デリルは剣を修復してくれているゲレオンのところに一度顔を出しておこうと考えた。ヴォルフはゲレオンの工房に案内してくれた。

 

「おい、ゲレオン爺さん。依頼主が挨拶に来たぞ」


 ヴォルフが工房に入ってゲレオンに声をかける。いかにも武器職人らしい立派な工房である。中央部分に大きな石が敷いてあり、その上にデリルが持ってきた朽ち果てた竜殺しの剣が横たわっている。

 預けてからすでにそれなりの時間が経過しているのだが、一向に作業が進んでいる様子は見られなかった。

 

「おお、ちょうど良かった。ちょっと問題が起きてな」


 ゲレオンが三人を見て困った顔で言う。工房にはゲレオンの他にもう一人、ドワーフにしてはかなり高身長な若者がいた。おそらくゲレオンの弟子だろう。

 

「どうしたの?」


 デリルはゲレオンに尋ねる。

 

「実はのう。この剣を修復するのに必要な素材が足りんのじゃ」


 ゲレオンは壺のようなものを指差す。他の壺はある程度砂のような何かが入っているが、一つだけ何も入っていない壺がある。「ミスリル銀が足りん」

 

「なんじゃ、ミスリル銀なら洞窟の奥に鉱脈があるじゃろう」


 ヴォルフは馬鹿にしたように言った。

 

「お主、忘れたのか? こないだその鉱脈に現われた魔物の事を……」


 ゲレオンが言うとヴォルフは思い出した顔をした。

 

「おお、そうじゃったな。確かにそれは困った事じゃ」


 ヴォルフは髭を触りながら思案している。

 

「あの、何があったんですか?」


 デリルは二人のドワーフが困っているのを見て声をかけた。

 

「ミスリル銀の鉱脈は洞窟の奥に確かに存在しておるのじゃが……」


 ゲレオンは説明する。「そこに魔物がみ付いてしまったのじゃ」

 

「まぁ、困ったわね。それってどんな魔物なの?」


 デリルがゲレオンに尋ねる。


「ミスリル銀を食い荒らすメタルアントじゃ」


 ゲレオンがそう答えると、今まで黙っていた弟子らしきドワーフが口を開く。

 

「師匠! 私が行ってきます」


 意思の強そうな甲高い声が工房に響き渡る。

 

「待たんか。お前一人では無理じゃ」


 ゲレオンが弟子を止める。「いくら大きいとはいえお前は女じゃぞ」

 

「え? あ、そうなの?」


 デリルは意外そうに弟子の方を見た。よく見ると確かに女性のようである。


 ドワーフの平均身長は百二十センチから百五十センチくらいである。しかし、この女性は百六十五センチくらいある。横幅は他のドワーフとあまり変わらない。

 もちろんデリルよりは小さいが、ドワーフとしてはかなりの巨女であろう。茶髪で茶色い瞳。浅黒い肌でドワーフらしい筋肉質な身体をしている。

 

「落ち着け、ラウラ!」


 今にも飛び出して行きそうな女性をゲレオンが一喝する。

 

「ミスリル銀がないと修復できないの?」


 デリルはゲレオンに尋ねる。

 

「一応、他の鍛冶屋に声はかけたんじゃが……」


 ゲレオンは困った顔で言う。「皆、ミスリル銀のみ不足しておるようじゃ」

 

「そう……。でも、直してもらわないと困るわ」


「もちろん直すぞい。メタルアントもあと一週間もすれば巣穴に戻っていく」


「そんなに待てないわよ!!」


 デリルは悲鳴に近い声を上げた。一日でも早く竜殺しの剣を持って行かなければアルの命は無いのだ。一週間も足止めを喰らう訳には行かない。

 

「やっぱり私が行ってきます!」


 ラウラが決心したように巨大な槌を握り締める。おそらく刀鍛冶に使う相槌であろう。これを武器にするには相当の筋力が必要である。

 

「私たちも行くわ。多少魔法には自信があるの」


 かくしてデリルとアルは、ゲレオンの弟子ラウラと共にミスリル銀の鉱脈に向かう事にした。

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