第5話 アリだー!! っと思ったら……

 三人はドワーフの集落を一旦出て、しばらく岩山に沿って歩く。

 

「ミスリルの鉱脈はここから入ります」


 ラウラはいくつか開いている洞窟の入口の一つに案内する。

 

「じゃあ入りましょう。ネロくん、気をつけるのよ」


 デリルはネロを傍に引き寄せる。「他の洞窟はどこに繋がってるの?」

 

「様々な金属がありますよ。必要に応じて掘りに行く感じです」


 ラウラが答える。金の鉱脈もあるようだが、人間に知られると掘り尽くされてしまうので、場所は秘密だそうだ。

 デリルはラウラに聞こえないくらい小さく舌打ちをした。

 

「ま、何にしても多少の魔物は相手にならないと思うわ」


 デリルは自信満々で言う。何しろデリルは勇者と共に魔王を討伐した信頼と実績があるのだ。蟻の十匹や二十匹どうって事はない。


「メタルアントは文字通り鉄のような硬い表皮を持つ巨大蟻です」


 ラウラがデリルたちに説明する。「大きさは大型犬くらいですが、群れで行動するので侮れません」


「え? 蟻なのにそんなに大きいんですか?」


 ネロは想像してぞっとした。そんなのがいっせいに襲い掛かってきたら、ネロなんてあっと言う間に骨まで食べられてしまう。

 

「顎の力も強いし、酸を吐く事もあります」


「大丈夫よ、私の魔法でイチコロだわ」


 デリルはケラケラと明るく笑う。

 

「残念ですが、魔法は効きません」


 ラウラは首を横に振る。「この時期はミスリル銀を食べているので……」


 メタルアントは文字通り、普段は鉄を食べている。しかし、繁殖期になると、さらに栄養価の高い金属を食べるのである。ミスリル銀を食べたメタルアントは固いだけではなく魔法を弾き返すやっかいな昆虫になってしまうのだ。


「え?」


 デリルがうろたえる。魔女が魔法を封じられたらそこら辺の村人と変わらない。ネロも心配そうにデリルを見つめている。「ちょっと、どうして最初に言わないのよ! 私、何の役にも立たないじゃない!」

 

「大丈夫です。私が一匹残らず叩き潰します!!」


 ラウラは逞しい腕を見せ付けるように胸の前で拳を握り締める。ネロはその姿を見て、ふとエリザを思い出した。身長はエリザの方が遥かに高いが、筋肉の付き方はラウラも負けてはいない。

 

「ネロくん、邪魔にならないように遠くで一緒に見ていようね」


 デリルは少しラウラから距離を取った。

 

「あれ? そろそろなんですが……」


「どうしたの?」


「先日、調査に来た時には、この辺りからワシャワシャとメタルアントの群れが動き回る音が聞こえてきたんですよ、それなのに……」


「分かるわ、凄く静かだもの。もしかしてもう巣穴に帰ったんじゃない?」


「だと良いんですが……」


 楽観的なデリルとは逆にラウラは嫌な胸騒ぎがしていた。




「ほら、いないじゃない」


 デリルは洞窟の最深部を見て笑顔になる。一足早くメタルアントは巣穴に帰ったようだ。ミスリル銀の鉱脈も食い尽くされたようには見えない。「ほら、さっさとミスリル銀を持って帰りましょ」

 

 デリルが奥の岩肌に近づこうとすると、

 

「デリルさん! 下がって!!」


 ラウラが大声で叫ぶ。「よく見て下さい! そこら中に喰い散らかしが……」

 

 ざざっ…… ざざざっ……。ざーーーーっ!!

 

 それまでガチガチに固まっていた砂地が、急に柔らかい砂になってフロアの中心部に向かって流れ始めた。

 

「うわっ、何よコレ?!」


 すり鉢状になった砂の中心部から巨大な昆虫が姿を現した。巨大なクワガタのような顎は、それだけで二、三メートルはありそうである。

 

「も、もしかして、アリジゴク?」

 

 ネロが岩にしがみ付いて落ちないように踏ん張りながら言う。「だからメタルアントが全然いなかったんですよ!」

 

「こんなの倒せないよ……」


 ラウラが珍しく怖気づいている。メタルアントとの戦いは覚悟していたが、その群れを食い尽くしたアリジゴクに遭遇する事は想定していなかったのだ。

 

 確かにメタルアントと比較すると格段にグロテスクである。全身を毛虫のような細かい毛に覆われ、頭部には巨大な顎、腹部はアルマジロのように固い殻に覆われている。頭部以外は流砂の中に隠れているが、全長はおそらく七、八メートルはあるだろう。

 

「ちょっと! 倒せないってどういう事?!」


 デリルがブルブル震えだしたラウラに言う。あんなに勇ましかったのに……。

 

 どさっ。

 

 アリジゴクが何かを投げつけてきた。攻撃にしては弱い、ただの砂だ。その砂の塊はラウラに当たり、足元が砂だらけになる。さらに何度も砂を投げ、ラウラを流砂に引き摺り込んでしまった。

 

「きゃあっ!!」

 

 ラウラは足を取られて流砂に飲み込まれていく。じわじわとアリジゴクの射程内に近づいていくラウラ。

 懸命に逃れようとするが、暴れれば暴れるほど身体が沈んでいく。

 

「どうしよう。このままじゃ、ラウラが食べられちゃう!」


 アリジゴクは自分の方に引っ張り込むようにラウラに砂を浴びせ続ける。

 

「先生! 攻撃してみましょう!」


「でも、魔法は効かないんでしょ?」


「それはメタルアントですよ。コイツには効くかも」


「そうか! そうよね、やってみるわ!」


 デリルは魔法が効かないという先入観を捨ててアリジゴクに火の玉を飛ばす。

 

 ギィヤァァァァッ!!

 

 毛むくじゃらで水気のないパサパサの身体はあっと言う間に燃え上がる。流砂が収まり、ラウラも砂の中から逃げ出した。

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