第2話 朽ち果てた伝説

 デリルとアルが王都に到着したのは夕方近くだった。デリルは以前、マリーの家を訪ねた事があるので、今回は家の前までほうきで飛んできた。


「さ、着いたわ。ネロくん、行きましょう」

 デリルはお尻にしがみ付いていたネロに声をかける。


「うっ、はい……。すいません、ちょっと酔っちゃって……」


 ネロは真っ青な顔で答える。


「あら、大丈夫? ちょっと飛び方が荒かったかしら?」


 デリルだけならもっと早く飛べるが、ネロが乗っていたのでこれでもかなり速度を抑えたつもりだった。やはりちょっと急ぎすぎたのかもしれない。


「ふぅ、もう大丈夫です。行きましょう」


 ネロは落ち着いた様子でデリルに言った。


「次からは遠出をする時は酔い止めの薬を飲ませてあげるわね」


 デリルはネロを心配しながら、とにかくマリーの家の呼び鈴を鳴らした。


「はーい。あっ、デリル。良く来てくれたわね」


 マリーは嬉しそうに出迎える。「あらネロくん。可愛いお洋服ね」


 出発前のデリルと同じようにでれっとした顔でネロを見つめるマリー。


「ちょっと! それどころじゃないでしょ!」


 デリルはマリーをいさめる。


「あっ、そうね。とりあえず上がってちょうだい」


 マリーは我に返って二人を家に入れた。「手紙で話は分かってるんだけど」


 マリーはそう前置きしてから困ったような顔をした。


「どうしたの? 話が分かってるなら早く竜殺しの剣を出してよ」


 デリルは一刻も早くそれをエリザに届けなければならないのだ。


「それがね。どれだか分からないのよ」


 マリーはそう言いながら地下に続く階段の前に立つ。「倉庫の中なんだけどね」


「地下倉庫にあるのね。じゃあ一緒に探しましょう」

 デリルはそう言って階段を下りる。「あら、床になってないのね」


 地下室の中は土間になっていた。なんだかジメジメと湿っぽい。どうやら土を掘って固めただけの簡易的な空間のようである。


「そうなのよ、ほとんど使ってない部屋なの」


 マリーがデリルとネロの後ろから地下室に入ってくる。「久しぶりに来たわ」


「え? もしかしてずっと放置してたの?」


 デリルはちょっと不安になってマリーに尋ねる。


「うん、十五年前に遺品整理した時に投げ込んだっきり……」


 マリーは地下室の片隅を指差す。そこには沢山の刀剣が乱雑に積まれていた。


「うわっ、土間に刀剣をそのまま置いてあるじゃない!」


 デリルが呆れて刀剣に近づく。


「もう使わないからいいかって……」


 マリーは悪びれる様子もなくそう言った。


「うわっ、これはヒドいわ……」


 積まれている刀剣はほとんど全体が真っ赤な錆で覆われており、まともな剣は一本も無かった。十五年もこのジメジメした地下室に置いておいたのだ。まともな状態でいられるはずもない。銅の剣などもうボロボロ過ぎて土と一体化していた。


「と、とりあえず、探してみましょう」


 ネロがそう言って剣を一本ずつ確認していく。デリルも同様に、乱雑に積まれた刀剣を調べ始めた。


「えっ?! もしかして、これ、ブレイブソードじゃない?」


 デリルがち果てた剣を手に取って言う。ネロもマリーも良く分かったなぁと感心している。「これ、当時、武器屋で一番高い剣だったのよ」


 デリルが当時を思い出しながらワナワナと小刻みに震える。


「まぁそうだったの? 売っちゃえば良かったかしら」


 マリーが勿体無い事をしたという表情をする。


「そうじゃないわよ! これを買う為に、その時どうしても私が欲しかった賢者の杖が買えなかったのよ」


 デリルはボロボロの剣を握り締めて怒りをあらわにする。大体そういう場合は魔女の装備より戦士や勇者の装備が優先されるものである。悔しい事に、実際のところ魔女の装備は戦況にさほど影響がないのである。


「まぁまぁ、先生。落ち着いて」


 ネロがなだめるが一向に収まらない。「どっちにしてもそれが竜殺しの剣じゃなくて良かったですよ。そんなにボロボロじゃどうしようも……」


「あーーーーーーーっ!!」


 デリルがまるでにしおかす○このような悲鳴を上げる。「これだわ……」


「まぁ、あったのね。良かったわ」


 マリーがほっとしたように言うと、


「マリー、アルくんが死んだらあんたのせいだからね!」


 デリルは手に持った見るも無残な剣の残骸をマリーに見せる。


「うわぁ……。さっきの剣より酷くないですか?」


 ネロは茶褐色に錆び付いた竜殺しの剣を悲しそうに見つめた。


「あら、困ったわね。根性の無い剣だわ」


 マリーが言うと、


「根性の問題じゃない! 保存状況の問題よ!!」


 デリルが食い気味に突っ込む。「どうするのよ、これじゃ意味が無いわ」


「普通の武器の方がマシですね」


 ネロもどうして良いか分からずデリルを見ている。


「新しいのを作って貰いましょう」


 デリルは決心したように言う。


「え? でも、伝説の武器なんでしょ? そんな簡単に作れるの?」


 マリーが他人事のように言う。伝説の武器をこんな状態にしておいてよく言えたもんだ。デリルは呆れて物が言えなかった。


「刀剣の専門家を探すのよ、きっと何とかなるわ」


 デリルはそう言ってボロボロの竜殺しの剣を布で包んで袋の中に入れた。

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