第2章 王都にて

第1話 デリルとネロ、王都へ飛ぶ

 デリルは手紙屋を飛び出すとほうきまたがってふわりと浮上した。実際には魔力で飛んでいるので箒は必要ないのだが、デリルはこのスタイルにこだわっている。


「それっ!」


 デリルは掛け声と共に一陣の風を巻き起こして飛び去った。

 

 そんな事は露知らず、丸太小屋では金髪碧眼きんぱつへきがんの可愛らしい少年が小屋の中の掃除をしていた。この少年の名前はネロ。

 先日、キノコ狩りをしていて森で道に迷い、この丸太小屋に辿り付いたのだが、紆余曲折あって今はデリルの弟子として住み込みで働いている。


 まるで悪い魔女に捕らえられたように聞こえるが、デリルはちゃんとネロの両親にもご挨拶に行っている。住み込みと言っても養子に貰った訳ではないので、その気になればいつでも戻れる。とはいえ、ネロは決して裕福な家庭に育った訳ではないのでそう簡単にを上げて帰る訳にもいかない。


 実際は音を上げるどころか、デリルにはとても大切に優しくして貰っている。何しろデリルにしてみれば目に入れても痛くないくらいネロが可愛いのだ。


 ネロが床をモップで拭いていると、血相を変えたデリルがドアを開けた。


「ネロくん、大変! すぐに王都に行く準備よ!」


 デリルはどたどたと小屋に入り、引き出しをき回している。


「せ、先生。どうしたんですか?」


 ネロは訳が分からないという表情でデリルに尋ねた。


「エリザから手紙が来たのよ!」


「エリザさんってあの大きな女の人ですよね?」


 ネロは以前留守番していた時にやって来たエリザを思い出していた。デリルよりも背が高く、たくましそうな女性だった。今はほぼ隠居のような生活をしているデリルと違い、今でも旅を続けている豊満ながらも屈強くっきょうな女戦士だ。


「そうそう。で、一緒に旅しているアルくんがとんでもない事になってるのよ!」


 デリルはそう言っていつも調合に使っている作業台の上を物色している。


「ええっと、それでどうして王都に?」


 ネロは訳も分からずたずねる。アルは王都出身で、今は世界を旅していると聞いている。なのにどうして王都に行くのだろう?


「後で話すから準備しなさい!」


 デリルはそう言ってネロからモップを奪う。


「え? 僕も行くんですか?」


 ネロは驚いてたずねる。


「そうよ、みんなで温泉に入るわよ!」


 デリルが間をはしょり過ぎたのでネロはますます訳が分からなくなった。「とにかく、まずは王都に行くの。急いで!」


「は、はい!」


 ネロはいつも来ている作業用の服を脱ぎ、狩人かりうどが着るピーター○ンのようなグリーンの洋服に着替えた。最後に小さな羽根付き帽子をちょこんとかぶる。


「あら、可愛いじゃない」


 デリルはでれっとした表情でネロを眺めた。作業用の服を着ていても天使みたいに可愛いけど、こうして余所行よそいきを着ると本当に可愛いわぁ……。

 ネロくんが道に迷って私の丸太小屋に辿り付き、ベッドで寝てたのを見つけた時は、本当に天使が舞い降りたのかと思ったもの。

 思わずあんな事もこんな事も……。


「あのー」


 頬杖ほおづえをついてでれでれと見つめ続けるデリルにネロが困った顔で言う。


「はっ! そうだ、早く行かなくちゃ!」


 我に返ったデリルは急いで外に出る。「ネロくん、しっかり捕まるのよ!」


 二人は箒にまたがり、ゆっくりと浮上していく。ネロは振り落とされないようにしっかりとデリルの巨尻にしがみ付く。


「それっ!」


 デリルの合図で二人を乗せた箒は王都目掛けて飛んでいった。

 

 ◇

 

「あら、困ったわね」


 マリーはエリザからの手紙を読んでつぶやいた。マリーはエリザやデリルと共に勇者フィッツと魔王討伐をしたメンバーの一員である。結果的に他の二人を出し抜く形でマリーだけがフィッツの子を身篭みごもり、そのまま正妻の座を射止めた。


 マリーは三人娘が続き、四人目で待望の男児アルを授かる。しかしその代償は大きく、アルを仕込む際にフィッツは力尽きてしまったのである。


 マリーは子どもを生むたびに太り続け、デリルやエリザ同様、ムチムチの豊満熟女になってしまった。


 アルが十四歳の誕生日に、王から修行の旅を命じられ、アルは王都を旅立った。その息子がエリザと旅をしていると知ったのはつい最近の事だった。

 

 そのエリザからの手紙である。アルが窮地きゅうちに立たされていて、フィッツの使っていた竜殺しの剣が必要だと言うのである。


「竜殺し……、どれの事かしら?」


 何しろフィッツののこした剣は沢山あるのだ。魔王討伐に使った剣だけは王宮に献上し、国宝としてきちんと管理されている。


 もともとマリーは全く刀剣に興味がない。それなのにフィッツは記念の品だと言って初めて手に入れた銅の剣まで大事に持っていたのである。マリーは何度となく処分するようにお願いしたが、結局フィッツは死ぬまで刀剣を処分する事はなかった。葬儀が終わった後、遺品整理の際に全て売り払おうかと考えたのだが、刀剣を見ていると亡き夫を思い出し、捨てるに捨てられなくなってしまった。


 かといって飾っておくほどのスペースは無い。仕方が無いので思い出として地下室に押し込んでしまった。


「十五年かぁ……」


 マリーはしみじみと過ぎた年数を思い、一つため息をいた。

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