第10話 主役登場

「今はまだ、な。じつは臥竜がりゅう様はメスでな」


 村長によると、臥竜というのは目が覚めると怒り狂い、少年を差し出すよう要求するらしい。太古の文献にそう記されているのである。そしてその少年を何日もかけて蹂躙じゅうりんし、動かなくなってから食べるらしい。


「じゃあまだアルは生きているんだな?」


 エリザは村長を問いただす。


「じゃから、今はまだ、と言っておる。いずれにせよ時間の問題じゃ」


 村長は首を横に振る。「そもそもお前たちが起こしたんじゃから仕方なかろう」


「くそう、とにかくあたしは助けに行くぞ!」


 エリザは起き上がろうとする。


「無理をするな。どちらにしても生半可なまはんかな装備では死にに行くようなものじゃ」


 村長はエリザを制した。「竜殺しの剣でもあれば話は別じゃが……」


「おい、ジジイ。今、何て言った?」


 エリザが村長をにらむ。


「ジ、ジジイじゃと? 口の悪い女だ。竜殺しの剣という伝説の武器なら何とかなるかもしれんと言ったのじゃ」


 村長はちょっとむっとしながら答える。


「よかった。それならあいつの親父が持ってたはずだ。持ってこさせよう」


 エリザはそう言って手紙を書こうとする。


「バカな事を、持ってるわけ無かろう。あれは伝説の勇者の持ち物じゃぞ」


 村長が鼻で笑う。


「あいつの父親は勇者だよ。あたしも昔一緒に戦ったんだ」


 エリザは手紙を書きながら言う。「そういえばワイバーンの群れを討伐とうばつした時に竜殺しの剣使ってたわ、アイツ」


「ふんっ、勇者を名乗る者なんぞこの世界にはいて捨てるほどおるからな。その辺の村勇者や町勇者では話にならんぞ」


 どうやらこの村長は二十年前のワイバーン討伐の時にはいなかったようだ。なんだか腹が立ってきたのでエリザはトドメの一言を発する。


「んー、フィッツって言うんだが知らないかなぁ……」


「フィッツ? ふん、どこの馬のほ……フィッツ!? フィッツって、あの魔王討伐した伝説の勇者フィッツ様ぁ?」


 村長が慌てふためく。


「そうそう。そのフィッツだよ、アルの父親は」


 エリザはペンを走らせながらさらりと言う。


「何じゃと! なぜそれを早く言わんのだ! フィッツ様のご子息しそく生贄いけにえにしてしまったではないか!!」


 村長はガタガタと震え始めた。知らなかったとはいえ、伝説の勇者の息子を村のために生贄にしたのである。こんな事が王国に知られたら、村長のクビなど簡単に飛ばされてしまう。役職上のクビではない。本当の首である。


「アルが生まれる前にフィッツは死んだんだ。もしもアルが臥竜に食べられたら、お前は勇者の血をやした事になるな」


 エリザはあわれむような表情を浮かべ、左右に首を振った。


「ああ! 何という事だ! お坊ちゃま! どうかご無事で!!」


 村長はひざまずき、天をあおいで祈りを捧げた。


 ◇


「あら、珍しい。エリザからだわ」


 デリルは町の手紙屋で自分宛の手紙を受け取って差出人に驚いた。

 

 デリルは町の外れの鬱蒼うっそうとした森の丸太小屋で暮らしている魔女である。魔女と言ってもワシ鼻の老婆ろうばでもないし、かといって魔女っ子でもない。自称女盛じじょうおんなざかりの四十路熟女よそじじゅくじょである。


 これでも二十年前には勇者フィッツと共に魔王を討伐した伝説のパーティの一員だったが、この二十年で知識と脂肪を蓄え続け、むっちりとした豊満熟魔女ほうまんじゅくまじょになってしまった。


 ウェーブのかかった赤いセミロングの髪と、真っ赤に燃える瞳が印象的な……はずなのだが人々の視線はたいてい爆乳か巨尻に注がれてしまう。

 ローブに三角帽子という典型的な魔女スタイルで、普段は自家製のポーションを町の道具屋におろして生計せいけいを立てている。


 今日も道具屋にポーションを卸した帰りに手紙屋に寄ったのである。手紙屋というのは町や村から離れた場所に住んでいる人のために手紙を預かってくれる町の施設である。

 普段ならその他の手紙とまとめて家に持って帰って読むのだが、これまで一度も来た事のないエリザからの手紙という事で気になってその場で開けてみた。

 

 

 

 親愛なるデリルへ

 

 こないだはありがとう。久しぶりにデリルの元気な姿を見て安心しました。

 おっと、それどころじゃないんだ。

 今、二十年前にフィッツたちと一緒にワイバーンの群れを討伐した村に来ているんだ。懐かしいだろ? 今も温泉は稼動中かどうちゅうだぜ。

 アルの修行のために臥竜山へ行ったんだけど、うっかり臥竜を起こしてしまってな。起こした責任を取ってアルが臥竜の生贄になったんだ。

 村長の話だと生贄になってもすぐには食べられないらしい。急いで助けに行きたいんだけど、普通の武器では刃が立たない。

 すまないが王都に行ってフィッツの使っていた竜殺しの剣を持ってきてくれ。

 アルの実家にも手紙は書いておくから話は通じるはずだ。

 ついでに臥竜を倒すの手伝ってくれるとうれしいな。

 それじゃ、頼んだぞ!

 

 PS

 あたしも大怪我したから今、あんたの作った温泉で療養中りょうようちゅうだよ。

 解決したらみんなで一緒に入ろうぜ!

 

 エリザより

 

 

 

「……、何よこれ。大変なのかそうでもないのか分かりづらいわ!」


 デリルはブツブツ言いながら要点を確認する。「うわっ! 大変じゃない!」


 デリルはようやく事の重大さに気付き、急いで準備のために帰路きろについた。

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