第9話 臥竜の生贄

 アルとエリザはそのまま武装した村人によって村長の前に連れてこられた。村の広場のど真ん中で、群衆も次々と集まってきている。村長と武装した村人数人、アルとエリザ。取り囲む群衆はどんどん増えていく。


「貴様ら、臥竜様がりゅうさまを目覚めさせおったな!」


 村長が二人を見下ろして一喝する。二人の格好を見れば、特にボロボロになったエリザを見れば一目瞭然いちもくりょうぜんであった。


「はい……。僕たちが起こしました」


 アルが正直に言うと、群衆がざわめく。


「なんちゅうバチ当たりな奴らじゃ!」


「村の平和がメチャクチャじゃあ!!」


「「「「殺せ! 殺せ!」」」」


 ついに群衆から殺せコールの大合唱が始まってしまう。このままではアルとエリザは村人たちによって殺されてしまう。村長は手を上げて群衆をしずめた。


「お怒りを鎮める為に貴様が生贄いけにえになれ!」


 村長がアルを指差して言うと、エリザが村長に食って掛かる。


「ふざけんな! そんな事させるか!」


 エリザは村長に飛び掛ろうとしたが、武装した村人によって押さえつけられる。普段なら村人二人程度で押さえつけられるエリザではないのだが、エリザはもはや瀕死状態ひんしじょうたいであった。あっさりと広場に押さえつけられる。「ぐっ、くそう……」


「分かりました。僕が生贄になります」


 アルが村長に言う。


「アル……、バカな事を……言うな……」


 エリザはもはや叫ぶ事も出来なくなっていた。


「その代わりお願いがあります」


 アルが言うと武装した村人が口をはさむ。


「ふざけるな! お前にそんな権利は無い!」


 しかし村長がそれを制してアルにたずねる。


「何だ? 言ってみろ」


「僕は生贄になります。その代わり、エリザを、エリザの手当てを……」


「ア、アル……」


「よろしい。この者の事は心配するな」


 村長はそう言って村人に合図をする。


「来い!」


 村人はアルを引っ立てていく。


「アル……、行くな、アル……」


 エリザがつくばったままうめくように言う。


「大丈夫だよ、エリザ。元気になって助けに来てね。それまで頑張るから……」


「さっさと歩け!」


 村人が引っ張るようにアルを連れて行った。


「ア……ル……」


 そこでエリザはそのまま気を失ってしまった。




 すぐに連行されると思っていたが、アルは温泉に連れて行かれる。


「しっかり身を清めろ。逃げようと思うなよ」


 入口で武装した村人が見張っている。どちらにしてもアルに逃げるつもりはなかった。エリザのためにも、逃げる訳には行かないのである。

 アルが温泉で身を清めて出てみると、アルが装備していた物はなく、代わりに頭からすっぽりかぶる形の着衣ちゃくいが置いてあった。もはや身を守る物さえ持たせて貰えないようである。


「そいつに着替えろ。それが生贄用の服だ」


 やけに儀式めいた事をさせる。どうやら古い文献ぶんけんに、臥竜が目覚めた時には少年を生贄に捧げよと書かれているらしい。

 アルはそのまま数人の武装した村人に引き連れられて再び臥竜山がりゅうざんへ向かった。




「ここから真っ直ぐ下れば臥竜様の寝床ねどこにたどり着く。案内はここまでだ」


 村人に連れてこられたのは、魔物エリアで最初に見つけた洞穴ほらあなだった。アルは黙って洞穴に入る。逃げ出さないようにしばらく村人は入口に立つ。

 洞穴は予想通りかなり狭く、アルがギリギリ通れるくらいの大きさだった。途中に抜け道はなく、そのまま一本道で臥竜の寝床まで繋がっているようだ。

 しばらく下っていくと広い場所が見えてきた。アルが洞穴からその大きな空間に出てくると、洞窟の中心にいる臥竜と目が合った。


「貴様が生贄か……、まぁ、わらわを起こしたのだから当然と言えば当然じゃな」


 体長10メートルはあると思われる巨大な竜がアルを見下ろす。




「イタダキマース」


 臥竜が大きな口を開け、アルを丸呑まるのみにする。


「アルーーーーッ!!」


 エリザはガバッと身体を起こした。「ゆ、夢か……」


「あっ、気が付かれましたか?」


 看病していたと思われる女性が嬉しそうにエリザに微笑みかける。「今、村長を呼んで参ります」


 女性はぱたぱたと部屋を出て行く。


「いてて、臥竜と戦ったのは夢じゃなかったみたいだな……」


 エリザは身体中の痛々しい傷跡を見てつぶやいた。アルを守ってやれなかった。それどころかあいつを犠牲にして……。


「気付かれましたか、戦士殿」


 村長が入ってきた。


「き、貴様!! アルはどこだ!?」


 エリザは掴みかかろうとするが、がくんと体勢を崩しベッドから起き上がれなかった。


「無理をなさるな。生きて帰っただけでも奇跡なんじゃからな」


 村長はエリザのベッドの横の椅子に腰掛けて申し訳無さそうに続ける。「あの少年には悪いが、臥竜様の生贄になってもらった」


「くそう、じゃあ今頃あいつは……」


 エリザは自分の不甲斐ふがいなさに涙した。さっきのは夢だったが、実際にいつ喰われてもおかしくない。あの巣窟そうくつには魔物の骨や人骨が散乱していた。何百年も寝てたんだ。きっと腹が減っているだろう。アルの命は風前ふうぜんともしびと思われた。


「大丈夫じゃ、おぬしの思っておるような事にはなっておらんじゃろう」


 村長は落胆するエリザを励ますように言った。

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