第5話 ケイブライオンとの戦い

 警戒していたエリザは寸前でケイブライオンの炎から身をかわした。


「エリザ!! だ、大丈夫なの?!」


 アルは物陰からエリザに声をかける。エリザも別の物陰からケイブライオンの様子をうかがっている。


「バカ! あたしが心配しているのはお前の事だ! お前、ブレス吹かれて逃げられるか? 絶対そこから動くんじゃないぞ!」


 エリザは岩陰から飛び出し、ケイブライオンの気を引くように大声を上げながら近づいていく。「うぉぉぉぉっ!!」


「エ、エリザ……」


 まるでおとりになるように必死でケイブライオンに飛びかかるエリザを見てアルは自らの未熟さを呪った。せめて足手纏あしでまといにならないように気配を消しておく事しか出来ない。これ以上大声を出したらケイブライオンがこちらに来てしまう。


「おらぁ! こっちだ!」


 エリザはケイブライオンが飛び掛る寸前で再び身をかわす。エリザの巨体が信じられないスピードで動いている。「それっ!」


 エリザの戦斧せんぷがケイブライオンの首をかすめる。ケイブライオンも負けじと前足でエリザをなぎ倒そうとする。


「おっと、そうはいくかよ! おらっ!」


 エリザは前足を避けて肩からケイブライオンに体当たりをする。百二十キロの巨体がぶち当たったケイブライオンはよろよろと前足を両方上げてそのままひっくり返った。「そらっ、トドメだ!!」


 エリザはそのまま戦斧をケイブライオンに振り下ろす。


 ゴォォォォッ!!


 仰向けの状態のケイブライオンがカウンター気味にブレスを吐いた。


「ぐっ、ちぃっ!!」


 エリザは後ろに飛び、ゴロゴロと転がって身体中にまとわりつく炎を消す。革の焼ける嫌な匂いが辺りに充満する。


「エリザ! だ、大丈夫?!」


 アルは戦闘に加わりたかった。しかし百の力が百一になっても何も変わらない。アルをかばうだけむしろマイナスに作用してしまう事は明白だった。


「じっとしてろよ、アル。そろそろ仕上げるぜ!」


 エリザが立ち上がるとケイブライオンも体勢を整えてエリザをにらみ付ける。


「へへ、コイツはいっぺんブレスを吐くとしばらく吐けないんだ」


 エリザはゆっくりとケイブライオンに近づく。前足を振り上げて威嚇いかくするケイブライオン。「こんな奴、ブレス吐かなきゃただのデカい猫だ!」


 ザンッ!

 

 エリザの戦斧がケイブライオンの首を叩き落す。スローモーションのようにゆっくりとケイブライオンの胴体が後ろに倒れる。


「エリザ!」


 アルは駆け寄り、そのままエリザに飛び付いた。


「お、おい、アル。ライオンの血が付くぞ」


 エリザは照れたように言ってポリポリと鼻の頭をかく。「へへ、ざっとこんなもんだ。あたしの心配なんて十年早いんだよ」


「ごめんよ、エリザ。僕が弱いばっかりに……」


 アルはしがみ付いたまま悔しくて涙を流していた。


「何言ってる。お前が弱いのは今始まった事じゃないだろ?」


 エリザは泣いているアルの頭を優しく撫でる。「そう思うなら早く強くなれ」


「うん。頑張るよ」


 アルは涙をぬぐってエリザから離れる。


「さてと、大物だぞ。こりゃ高く売れそうだ」


 エリザはケイブライオンの死骸しがいを見下ろす。アルは改めてケイブライオンを見た。体長三メートルを超す巨体だ。エリザが百八十センチの巨体なのでそれほど大きく見えなかったが、こうして見ると首の無い状態でもかなりの大きさである。


「エリザ、よくこんな化け物倒せたね」


 アルは死んでいると分かっていても恐ろしくて迂闊うかつに近付けなかった。前足の爪なんて死神の鎌のような大きさである。


「いやぁ、ブレス吐くタイプじゃなければ瞬殺しゅんさつできたんだけどな」


 エリザは手際よく皮をぎながら言う。「お前に吹かれたらヤバいもんな」

 

 いつもこうだ。エリザはアルを第一に考える。自分の事は二の次なのだ。いくら伝説のパーティの一員だからと言ってもエリザはもう盛りの過ぎた中年戦士なのだ。もっと自分を大切にして欲しい。


 しかしそれはアルが弱いからそうなる訳で、こういう事があるたびにアルは強くなりたいと思うのだった。いつかエリザを守れる男になりたい。それがアルの密かな目標であった。


「頭部も持って帰りたいよな。絶対高く売れそうじゃん」


 エリザは巨大な頭部を眺めて呟く。確かにこんな立派なケイブライオンの頭部ならかなりの高値で売れそうである。お金持ちの家に飾ったら絵になりそうだ。エリザのさばき方も手慣れたもので、それこそお金持ちの家に敷いてある毛皮の猛獣のように綺麗に皮を剥ぎ取り、ちゃんと両手両足まで持ち帰ろうとしていた。


「じゃあこれ持って、今日は帰ろうか」


 アルは簡単そうに言ったが、これらを持ち運ぶのはかなり大変である。


「今日は全然アルの修行にならなかったな」


 エリザはちょっと不満そうに言った。「この毛皮はお前が持って帰れ」


 手足の付いた毛皮はかなりの重さである。それでもエリザの持っている巨大な頭部よりは軽いだろう。アルは両肩に前足を乗せ、小脇に後ろ足を抱えて、毛皮を背負った。自分が倒した訳でもないのに何だか強くなったような気がした。

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