第4話 迫り来る魔物たち

 二人はそれからしばらく山頂に向けて歩いた。つい今しがた魔物の群れと遭遇したが、何とか追い払い、アルは肩で息をしながらその場にへたり込んだ。


「なんか全然手ごたえないなぁ……」


 エリザは涼しい顔で辺りを見回す。「魔物なんてほとんどいないし……」


「何言ってるんだよ! 危うく死ぬとこだったじゃん!」


 アルは息も絶え絶えでエリザに抗議する。


「え? ゴブリンとオークしか出てこなかったじゃないか」


 エリザが物足りなそうに戦斧せんぷ素振すぶりする。


「ホブゴブリンとハイオークの群れだよ!」


 アルはハイオークの振り回す棍棒であやうく叩き潰されるところだった。


「大げさだなぁ。所詮は小鬼と豚人間だろ」


 伝説級のエリザにしてみれば雑魚過ぎて話しにならないようだが、アルにとっては強敵、下手したら命を落としかねない難敵であった。

 十数匹の群れだったが、アルが一匹と激戦を繰り広げている間にエリザがあっと言う間に他の群れを追い払い、アルとハイオークの熾烈しれつな一騎打ちを生温かい目で見守っていたのである。


「オークの毛皮は防寒ぼうかんに優れているから結構高く売れるぞ」


 エリザは勇敢に襲い掛かってきた身の程知らずのハイオーク数匹の亡骸なきがらを腰にぶら下げていたナイフで器用にさばいていく。あっと言う間に毛皮だけをぎ取り、大きな背負い袋の中に仕舞しまい込んだ。ホブゴブリンの方は金になりそうに無いのでそのまま放置する。亡骸は近くを飛んでいる肉食の鳥類があっと言う間に片付けてくれる事だろう。


「逃げて行った奴らがまた襲ってこないかな?」


 アルは魔物が逃げて行った方を不安そうに見ながら言う。


「そんな無謀な奴はいないだろ。あたしの戦斧一振りで逃げ出すような奴らだぞ。まぁその一振りでこいつらが亡骸になった訳だが……」


 十数匹の群れで敵わないと悟った魔物が、さらに仲間を呼んで襲ってくるとは考えにくい。そもそもそんなに個体数が多いとも思えない。今頃、巣穴に帰ってガタガタ震えているに違いない。


「なら良いけど……。もう懲り懲りだよ。死ぬかと思った……」


 アルはハイオークを持ち前の素早さで翻弄ほんろうし、急所を突いて何とか倒した。本当にギリギリの攻防で、相手が棍棒ではなく短剣などの装備だったらやられていたかもしれない。


「何言っている。お前だけは絶対にあたしが守ってみせるさ」


 エリザは後ろからアルをぎゅっと抱きしめた。「それにしても大分戦えるようになったな、アル。一人で倒せたじゃないか」


「うん、一匹だけだけどね」


 アルは後ろからエリザに包み込まれたまま照れくさそうに笑った。


「もう少し筋力をつけないとな。素早さだけではこの先やっていけないぞ」


 エリザはそう言ってアルから離れた。「さ、もうすぐ山頂だ。行くぞ」




 山頂にたどり着くとそこは大きな空洞くうどうになっていた。火山の火口かこうのような形で、地の底まで続いているような大きな洞窟である。


「凄いところだね。どこまで続いているんだろう?」


 アルは覗き込みながら言う。


「んー、ちょっと物足りないなぁ。これじゃアルの修行にならないぞ」


 山頂まで来たが、結局魔物との戦いはさっきの一回だけだった。魔物の方も、エリザの桁外けたはずれの戦闘能力を察知してなりをひそめているようである。「よし、もう少し先に進んでみよう。まだ日も高いし、な」


「え? この中に入るの?」


 アルは驚いてエリザを見上げる。


「薄暗いところなら魔物が襲ってくるかもしれないだろ?」


 エリザがにやりと笑う。「心配するな。途中まで下ってみるだけだ」


 火山の火口のような入口かららせん状に下れるように足場がある。どうやら翼を持たない魔物たちが出入りしているようである。しばらく下っていくと広い場所に出た。大きな穴が中央に空いていているが、周りはしっかりとした岩盤で出来ており、かなり安定感があった。


「この真ん中の穴はなんだろうね? かなり大きいけど……」


 アルはそっと穴を覗き込んだ。漆黒の闇に引き込まれそうになってアルは慌てて覗くのを止めた。


「大昔に火山が噴火したんじゃないか? その時に空いた穴だろう」


 エリザは興味無さそうに周囲に気を配りながら言う。


「あ、ここからまだ下に下りられそうだよ」


 アルは壁際の下りの足場を見つけてエリザに言う。「エリザ?」


 返事が無いのでアルがエリザの方を振り返ると、エリザは暗闇の方に戦斧を構えて立っていた。暗闇に光る目、どうやら魔物がいるようである。


「アル、そのまま動くんじゃないぞ。こいつは手ごわそうだ」


 エリザは振り返らずにアルに声をかける。闇の中からゆっくりと姿を現したのは巨大なライオンであった。「はは、久しぶりに見たぜ。ケイブライオンかよ」


 洞窟にむタイプのライオンである。たてがみがあるからオスのようだ。


「エ、エリザ……、大丈夫なの?」


 アルは身をひそめながらエリザに問う。


「へへ、心配すんな、こいつが普通のケイブライオンなら問題ない」


 エリザは警戒を解かずにアルに言う。「ブレスを吐く奴だとやっかい……」


 ゴオォォォォ!!


 エリザの言葉が終わる前にライオンの口から灼熱の炎が発せられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る