1-15.捜索




 白々と明けつつもまだ夜の色の濃い空と海の間、細長い湾を勢いよく進んできたロングシップから上陸したのは領主の兵士たちだった。

 あっという間に倉庫を封鎖し荷物を検めはじめる。

 到着予定の荷運びの商船は沖で足止めされ、仕事にならなくなった商人たちの抗議の声と、何事かと集まってきた野次馬のざわめきとで船着き場は大混乱だった。


 宿屋の隣の食堂でクラウゼは我関せずでくつろぎながら騒ぎを眺めていた。急ぐ仕事もない彼としては高見の見物くらいしかすることはない。

 太陽が昇りすっきりした朝の明るさに通りが包まれるころ、通りのざわめきが止んだ。何か動きがあったのかとクラウゼは外に出る。


 人垣を割って、修道服のシスターが倉庫前へと歩いていくのが見えた。書簡を持った右手を高く掲げている。華奢な手首には乳白色の腕輪が艶めいて輝いている。

 すみれ色の瞳に魅力的な朱色のくちびる。ケープのフードで頭髪が隠れているので髪色はわからない。


(ターニャさん?)

 一昨日の晩、この場所で楽しく飲んだ相手のことを思い出す。

 似てはいるけどまさかと思う。裏表のない物言いで、酒豪で、荒々しい男たちにも動じない剛毅な娘。印象深かったし忘れないとも思う。


 目の前を進んでいくシスターはそんな彼女とおもざしはそっくりだ。だが雰囲気があまりに違う。

 そこでクラウゼはこのシスターはターニャではないと結論付けた。良識的に考えれば、よく似た赤の他人だ。


 兵士が並ぶ倉庫前には木箱を並べたお立ち台が準備してあった。ワンピースの裾を少し上げてシスターは優雅に台へと上った。手足が長くて背が高い、それだけで群衆は彼女を見上げるかたちになった。


「お集りのみなさん。わたくしはシスター・アレクサンドラ。〈大聖堂〉の聖女です」

 彼女の名乗りに対する反応は多くは驚きと崇敬、なかには怯えや不快感、と様々だった。

 クラウゼはただただ驚く。生きた聖女を目にする日が来ようとは。


「まずは、川上のビョルン村での事件についてご説明させてください」

 聖女は聴衆を見渡しながら訴える。そして彼女が語ったのは、黒い教会と共に暮らす敬虔で清貧な村人たちと、教会から持ち出された価値ある材木についてだった。


「教会のものは精霊のもの。精霊のものを私欲のために盗み、売り払うなど恐ろしいことです。さいわい、材木は今朝発見されました」

 兵士たちが倉庫の荷を検めたのはそういう事情か。

「本来ならば〈大聖堂〉は窃盗の罪を問わねばなりません。ですが持ち出された経緯を了承済みであることと、返還が確定済みであること、この二点をもって不問に付すことといたします」


 筋の通ったような通っていないような話だが、いかんせん関わりのない身としてはそもそもピンとこない。皆同じような思いなのだろう。特段声をあげる者はいなかった。

 人々に向かって頭を垂れ祈りの言葉を口にした後、顔をあげた聖女の表情は一変して悲哀に満ちていた。


「捜索によって、更に痛ましいことが判明しました。発見された貴金属の多くは盗品であることがわかったのです」

 聖女の背後にいた兵士の一人が書きつけの羊皮紙を広げた。盗品のリストのようだ。

「これらには領主が下げ渡した品も含まれています」

 土地の豪農や有力者、領主一族の屋敷から盗まれたということだろう。


「商人オドネル、前へ」

 凛と聖女は呼ばわった。細身で長髪の男が進み出た。

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