1-13.激化

 いや、教会は精霊の家で。教会のものは精霊のもので。現実的には〈大聖堂〉のもので。

 硬直した頭の中を修道士としての常識が駆け巡ったものの口を挟めるわけもなく。


 呆然としているロザベラの目の前、ヘンリックさんの肩はぶるぶると震えている。

「戦争が終わったならどうしてさっさと戻ってこなかった? 手ぶらではバツが悪いとでも考えたか? 馬鹿モノどもが」

「仕方ないだろう」

 ヘンリックさんの息子が低く言った。

「俺たちは間に合わなかったんだ。負け戦の後に到着したところで何もならない。稼ぎもないまま帰ってくるわけにはいかない。道々仕事したけどぜんぜん足りない、もっと……」


「それが馬鹿だと言うとるんじゃ! おまえたち全員、生きて帰ってくる以上の土産があるかっ! なぜわからんっ」

 老人の叫びに男たちの肩がびくりと揺らいだ。

 ふとロザベラは背後を見る。

 松明の灯りが届かない薄闇に居並ぶ影がある。村の女たちだとすぐにわかった。


「その通りだよ!」

 貫禄のあるおばさんが腰に手を当て胸をはって声をあげた。

「帰ってきてさえくれればいいんだ。そうすりゃアタシらは畑仕事で腰を痛めなくてよくなるし屋根の葺き直しだってできる。子どもらの遊び道具作るのだって」

 女たちがそれぞれ頷いている。

「頼みたいことが溜まってるんだ、さっさとやっておくれよ、冬が来ちまう」

 おばさんの言葉を男たちは俯いて聞いていた。


 その背後から、更に火の気配がする。不安にロザベラは胸元を押さえる。どうしよう、何も起こってほしくないのに。

 三人の男たちの真ん中でヘンリックさんの息子が顔をあげた

「だがもう、俺たちは……」

「そうですよ、もう、そちら側だけの話ではないですからね」

 松明の数が増えるのと同時に新たな声が投げ込まれる。


 声の持ち主は細身で髪を後ろで結わえた男だった。顔も面長で眼も細くてキツネみたいだ。

「人手が必要だろうと来てみれば、まだ仕事に取り掛かってもいないとは」

「何が仕事だ、盗賊ども!」

 瞬時に相手を敵だと認めたらしくヘンリックさんが罵倒した。ピッチフォークを両手に構える。


「盗賊とは失礼な。私は商人です」

 キツネ目の男は目を細めたようだったが元々が細い目なのでよくわからない。ただ声の調子からそう感じたロザベラはますます不安になる。こんな嘲るような言い方、煽っているとしか思えない。


「盗品を売りさばく商人か、犯罪者め!」

「盗むのは罪ですか。ならばそもそも、あなた方の先祖が略奪して持ち去った財を元に建てられたのではないですか? この教会は」

 ヘンリックさんは言葉に詰まった。


「おやおや、すみません。少々意地が悪かったですね、認めて謝罪します。ですが私を盗人呼ばわりはお門違いというものです。私はこちらの方々と話をつけた上で買い取りを行っているのですから」

 ヘンリックさんの息子たち三人は気まずそうに視線をそらし合う。


「こんな夜ふけにこそこそ持ち出すのがまともな取引なものか」

 ふんと鼻を鳴らしてヘンリックさんは息子たちを睨む。

「それはそちらの都合というもので、私は合わせているのにすぎません。私が手配した船は明朝出港します。今夜のうちにできるだけ引き取ってほしいと頼まれてこうして足を運んだのです」

「そんな話はとりやめじゃ! 今まで持ち去った分も返してもらいたい」

 ピッチフォークの柄を握りしめ、ヘンリックさんは主張する。


「そういうわけにもいきません。千年経っても朽ちないという材木は、今はない船大工の技術ということで高値が付きます。ぜひ多く持ち帰りたい。銀貨に換えたほうが村のためにも……」

「カネの問題ではない!!」

 ヘンリックさんが再び吠えた。するとロザベラの背後で女たちも次々声をあげた。


「そうだそうだ、カネなんていらない」

「ワタシらはワタシらに残してもらったものを子どもらにも残さなければならない、それはカネではない」

「そうだっ、盗人ども、とっとと出てけ!」

「出ていけ!」

 女たちの抗議の声が夜空に響く。


 雲が薄れて、月の光が少し明るくなる。

 だから、その音にハッとしたのもつかの間、弧を描いて飛んだ矢が、くっきりと目に映った。

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