1-12.葛藤
「聖女さまは今夜もおいでにならないのですね」
シスター・アレクサンドラのお土産の中から燻製肉とソーセージと白パンをチョイスして、屋外のテーブルで皆で豪華な晩餐を囲んだ。保存食用のニシンの塩漬けも少しだけスープに入れて、出汁がとても美味しかった。
シスター・アレクサンドラがどこへ出かけたのか知っているのはロザベラとヘンリックさんだけだ。
寝支度をしながらのユナリアのつぶやきに「はい、まあ……」とロザベラは不器用にごまかすことしかできなかった。
床につくと間もなくユナリアは寝入ったようだったがロザベラは眠れなかった。
今晩また夜盗が現れる。シスター・アレクサンドラがそう言ったのならそうなのだろうと、ロザベラは不思議な確信をもっていた。
どうせ眠れないのなら、外で見張りをしていようか。いいことを考え付いたと起きあがりかけたが、肘をついて背中を浮かせた状態でロザベラは動きを止めた。
シスター・アレクサンドラは「気をつけて」とは言ったけれど、盗みを止めろ、とも泥棒を捕まえろ、とも言っていない。
指示されたところで実行はできないだろうけれど、だから「気をつけて」としか言わなかったのかもしれないけれど。
どうしよう、自分は何をすればいいのだろう。まさか普通に朝まで眠っているわけにもいかないし。
でもそれが正解のような気もする。シスター・アレクサンドラが対策に動いているのなら余計なことはしないでいるほうがいい気が。
判断できずベッドの上でひと通り悶々とすると、ロザベラは無意識のうちに精霊の気配を探っていた。
今夜は雲がかかっているせいで月明かりがぼんやりしている。風が強ければ雲をはらってくれるのに。
白樺の梢もそよともしない。静けさのなかで教会の屋根のドラゴンも寝静まっているよう。
なだらかな斜面の先のヘンリックさんの厩はからっぽで動く影はない――いや、手の影が、壁のピッチフォークのごつごつした柄を掴んで……。
はっと目を見開き、ロザベラは起き上がった。ベッドを下りて玄関へと急ぐ。
扉を開けて飛び出すと、ちょうど通りかかったところだったのか、小柄な人影がびくりとして歩みを止めた。
棒立ちになってこちらを凝視しているのはヘンリックさんだ。肩にピッチフォークをかついでいる。
「な、何をするつもりですか?」
とっさのことに声がつぶれていたが、聞き取ってもらえたようだ。老人はぱっと俯く。
「ヘンリックさん……」
「わしが、この手で、あやつらを突き出します」
「え……」
「見て見ぬふりをしたのが間違いじゃった。わしが、責任を取ります」
責任? 材木泥棒とどんな関係が……。考えがまとまらずロザベラは混乱する。
そよ風が頬を撫でた。ロザベラははっとしてヘンリックさんの肩に手をかけた。
「あ、あぶないですから、家に戻って……」
ヘンリックさんはロザベラではなく教会のほうを見ていた。
「シスターこそ戻っていてくだされ」
しっかりした声で言い捨てると、思いもしない素早さでヘンリックさんは教会に向かって駆け出した。
首のうしろがチリっとする。ロザベラも慌てて走り出す。
火の気配が近付いてくる。教会の脇から松明の炎が現れる。手にしているのは三人の男たち。
「おまえらあぁー!」
ヘンリックさんの怒号が夜気にこだました。
「これ以上は何もここから持ち出すな! これ以上、教会を壊すんじゃない!!」
松明を持った男たちは一様に渋い表情になる。先頭のひとりが一歩ヘンリックさんに近寄った。
「仕方ないだろう、父さん」
ヘンリックさんの後ろでロザベラは息をのんだ。
「この村には何もない。まとまった金になるものはもうこれしか。だったら教会ごと売り払ってでも金を手に入れないと今度の冬は越せないだろう」
「馬鹿をぬかせ! おまえたちは祖父さんたちが残した教会をなんだと思っている!」
「俺たちのために残してくれたものだ。だったら生きるために金に換えてもいいだろう!?」
別の男がたまりかねたように口を挟む。ヘンリックさんは負けじと反論した。
「カネ、カネとそればかり! 勝手にここを出て行っておいて、勝手にここのものを持ち出す、そんなことが許されてたまるか!」
痛いところを突かれたようで、男たちは黙り込んだ。
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