1-11.カネ、コネ、暴力
髪を整え終わると、シスター・アレクサンドラは荷物の中からケープを取り出し身につけ、しっかりとフードを被る。
かと思うと、今度はブーツの紐を縛り直す。どうしてそんな、旅支度のようなことをするんだろう。
「あの……」
「この村の問題点、なんだと思う?」
「え? と……」
この人は、ロザベラの言うことをまるで聞かずに一方的に話題を展開させる。しかも焦点が飛び飛びで。そんなシスター・アレクサンドラの話術に自分で思う以上に慣らされつつあるロザベラは素直に考える。
「貧しいこと……?」
「どうして?」
「えと、物が少ないから」
「どうして? ここにないのなら他所から買えばいいのに」
「あ、値段が高くなってるって」
「どうして?」
「え…と……」
「誰がものの値段を決めてるの?」
「偉い人……」
シスター・アレクサンドラはぴたっと手を止めた。
「偉い人、ね」
ひとりごとのように繰り返す声が皮肉っぽい、と感じる。
「他には? ここの人たちが困っていることは?」
「あ。男の人たちが戻ってこないこと……」
「どうして?」
「……わかりません」
すっと身を起こして、シスター・アレクサンドラはロザベラの方へ歩いてきた。
「理由なんて、だいたいがものすごくくだんないことなんだよ。当事者にとっては一大事ってだけで」
ロザベラの横を通り過ぎて扉を開ける。
「貧しいこともそう。外からはそう見えるだけで、当人が満たされているのなら幸福な人生といえる。……ねえ」
背中越しに呼びかけれてロザベラはからだごと振り返る。
「こういう、単純だけどすっきりとはいかない状況を、問答無用でとりあえず解決にもってく方法、わかる?」
ロザベラはふるふると首を横に振る。
日の光の下でくるりと回転してロザベラに向き直り、シスター・アレクサンドラは右手の指を順番に立てた。
「一、お金で解決。二、コネで解決。三、暴力で解決」
そして、とても聖女とは思えない笑みを浮かべる。
「私は、お金と暴力を持ってる偉い人にコネで縋りに行ってくる」
言うやいなやヘンリックさんの家に向かってすたすた歩き出す。ロザベラはわけがわからないままシスター・アレクサンドラを追いかける。
ヘンリックさんは厩の前で馬にブラシをかけていた。
老人のそばに歩み寄り、胸の前で手を組んだシスター・アレクサンドラは楚々として口を開いた。
「お願いがあります。馬を貸していただけませんか?」
藪から棒の頼みごとにヘンリックさんはきょとんとなる。
「村にとって大切な馬なことは重々承知しております。ですがわたくしは今日中に領主の館へ赴かねばなりません」
シスター・アレクサンドラはすみれ色の瞳でひたとヘンリックさんを見つめたまま、ゆっくりゆっくり話した。
「船でも馬でも街で借りることができるでしょうが、人目につくのは避けたいのです。陸路でも馬の足なら半日で着くと伺いました。明日の朝、出港する船を止めるためには、密かに今日中に訴え出なければなりません」
噛んで含めるように話し終わると、シスター・アレクサンドラは「お願いします」と目を伏せる。
ヘンリックさんはなかなか返事をしなかった。馬の首に手をかけたまま考え込んでいる。
やがて、かすれた声を絞り出した。
「密告なさるというのか?」
「密告ではありません」
間髪入れずにシスター・アレクサンドラは答える。目を上げ、再びじっとヘンリックさんを見つめる。
「今ならまだ、犯罪にはなりません。わたくしはそう主張します」
老人の瞳に力強い光がまたたいた。
「手綱と鞍を持ってきます。しばらくお待ちくだされ」
「感謝します」
頭を垂れて老人の背中を見送ったあと、シスター・アレクサンドラはようやくロザベラを見た。
「今夜、気をつけて」
「え」
「大陸から来て商品を集めていた商団が明日の朝、船に荷を積み込んで帰るというの。だから、彼らは最後、今晩また教会から木材を持てるだけ持ち去ろうとするはず」
「彼らって、昨夜の人たちですか? 盗賊なんですか?」
「黙って人のものを持っていくのは泥棒だよね、でも……」
シスター・アレクサンドラは複雑そうな顔をした。言葉を濁すなんて彼女らしくない、とロザベラは思った。
「聖女さま、どうぞ」
ヘンリックさんは手早く馬の支度を終えた。
「こいつは体力があるので安心してくだされ」
「ええ、ありがとうございます」
シスター・アレクサンドラは乗馬の心得があるらしく身軽く騎乗した。
「シスター・ロザベラ。留守を頼みます」
いつになく真剣な表情で見下ろされた。ヘンリックさんの前だからと演技しているわけでもないようだ。
「はい……」
頷きながらロザベラは馬の首にそっと触れた。
シスター・アレクサンドラをお願いね、あなたも無事に帰ってきてね。
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