1-10.ユナリア
ユナリアの母は彼女が幼いころに出産で亡くなった。生まれた妹もともに冥土へ旅立った。
村の風習で、家に近い白樺の若木に名前を刻んだ。若木が高く高く伸びていくのと同時に、亡き人も高い高いところから見守ってくれるのだと。
フュルギャは亡くなった家族の霊だと言う人もいる。枕もとに立っているのを見たことがあると。
そういう体験がないので、ユナリアはフュルギャはフュルギャだと思っている。母と妹は、いまごろどこかにある死者の国で平和に楽しく暮らしていればいいと。
半面、ふたりがそばにいてくれるのなら嬉しいと考えることもある。
なんでもいい加減にしないで、ひとつひとつ丁寧に作業をするよう、面倒なときがあっても丁寧にやっておくことで後で楽になるから、と母に教えられていた。ユナリアは働き者な娘で、母がいなくなっても父とふたりでやっていけた。
お隣のヘンリックさん家族はもちろん村の人たちに随分と助けてもらった。ものが乏しく貧しい場所でも、ないはないなりに寄り添うように暮らしている、ユナリアはそんな生活に不満はないし充分だと思っていた。
肌寒い夏が数年続き、木材として高値で売れた赤松が枯れ果て。
入り江の集落と物々交換していた保存食のニシンの塩漬けが入手しづらくなり、塩の値段がおそろしく上がったのだと、河口の街の市場でも驚くような高値だった。
同じ理由で、麦の収穫が減り、購入するにしてもわずかしか手に入らず。
それでも。ユナリアは不満に思わなかった。
麦がなくても白樺の樹皮の内側から粉末を取りパンを焼くことができる。
夏になればヤギたちが草を食んでミルクを搾りチーズを作ることができる。森にはベリーやきのこ、豊富な雪解け水の恵みがある。
ユナリアはそれで充分だと思っていた。ここよりは農地に適した谷の集落へ移り住む家族もあったけれど、自分はずうっと崖の上の教会の、そばのこの家で暮らすのだと思っていた。
けれど。ヘンリックさんの息子をはじめとする男たちは違っていた。ものが乏しくなるたびに出稼ぎに出ることを相談し、ついには戦場へ行くと言いだした。
それはつまり、略奪で、誰かの富を奪ってくるということだ。
ヘンリックさんは猛反対した。かつて、ヘンリックさんの祖父世代の男たちは自分たちがした略奪行為を深く悔いて教会を建てた。その子孫が、そんなことで良いのかと。
男たちの決定は覆らなかった。ユナリアの父や、ヘンリックさんの孫息子も勢いに抗えず連れ去られるように村を出た。
残された女たちと老人たちは、ますます身を寄せ合うように少ないものを分け与え、働き、男たちの悪口を言いながら無事を祈り。
戦争は終わったと伝え聞いて喜び、次の春には皆戻ってくるだろうと待かねていたというのに。
村には誰も戻って来なかった。
全員が戦死の憂き目にあったとは考えにくい。誰ひとり帰ってこれないのであれば帰郷が困難な明確な理由があるのだろう。問題が解決すれば皆で戻ってくるに違いない。
女たちはおおらかに考えて悲観的にはならなかった。それが、厳しい冬を乗り越える手立てでもあったから――。
クリスピーな薄いパンと、チーズとラズベリーのジャムに小川の水、という朝食を済ませた後、ロザベラも薪拾いやヤギの放牧を手伝った。
一息ついて屋外のテーブルで休んでいたとき、不意にシスター・アレクサンドラが帰ってきた。豪勢なお土産を持って。
「まああ。ニシンの塩漬けじゃないですか。燻製肉にソーセージまで!」
「商船の方々のご厚意です。皆さんで分けてください」
おばさんたちは嬉しそうに食料品を物色している。
慈悲深げに微笑みつつシスター・アレクサンドラはロザベラに目配せする。
ロザベラはシスター・アレクサンドラの後についてユナリアの家の中に入った。
「扉を閉めて」
言われるままにしたが、部屋の中はどうにも薄暗い。
シスター・アレクサンドラは頭からショールを取ると、腰まである豊かな金髪を編み始めた。
ぼんやり見ていると「それで?」と尋ねられた。
そうだ、報告できることがたくさんある。成果があることが嬉しくてロザベラは早口で昨晩目撃したことを話したが、シスター・アレクサンドラの反応は「ふうん」とそっけなかった。
ユナリアのことも話しかけたが、
「それはもういいの」
切り上げられ、ロザベラは泣きそうになった。指示されたから努力したのにあまりにヒドイ。
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