1-9.真夜中
草木も寝入る静かな夜に、前触れもなくロザベラは目を覚ました。
月明かりで天井や壁に陰がくっきり差している。
ユナリアの家にはベッドがふたつあって、玄関正面の壁沿いのベッドにユナリア、玄関の左手の壁のベッドをロザベラが使っていた。
ロザベラは起きあがりそうっと床に足をおろした。もぞもぞケープを被ってから足音を忍ばせて玄関に向かう。
ユナリアはぐっすり寝入っている。日中働き詰めなのだから当然だ。
ロザベラはなるべく音を立てないように戸を開けて屋外へと出た。
精霊が騒がしかった。
白樺の森を背景に黒々とした威容で教会が聳えていた。月が明るい。屋根のドラゴンの意匠がひときわ存在感を増す。
不意の風に乗って物音が耳に届く。遠目に、教会の扉が開いたのがわかった。ロザベラは息をのんでその場に立ち竦む。
腕に何か抱えたふたり組の男はロザベラに気づきもせずにこそこそと教会の向こう側へとまわりこんでいく。
――あなたのミッションは、ユナリアから話を引き出すことと、村を見張ること。
シスター・アレクサンドラに言われたことを思い出した。
追いかけなくちゃ。とっさに思い、走り出す。さくさくと足音が響いたことにびくっとしてまた立ち竦む。
なんだか怖い。ベッドに戻りたい。
でも、シスター・グレースからは万事シスター・アレクサンドラの指示に従うように言われている。
精霊たちだって呼んでいる。訴えている。
ぎゅっと胸元を掴み、ロザベラはかすれた声でささやいた。
「静謐なるしじまの聖霊よ。我をかいなにいだきたまえ」
全身を柔らかくヴェールに包まれるような感覚。感謝の祈りを捧げ、ロザベラは音もなく森に向かって走り出した。
「軽やかなる風の聖霊よ、我の歩みを助けたまえ」
ぐんっと追い風に背中を押されて足が早くなる。転ばないようにするのが精いっぱい。
と、注意したそばから足がもつれた。びたんと豪快に倒れ込んだが精霊の加護のおかげで衝撃はなかった。
起き上がってまた走る。教会の裏にまわると、男たちは墳墓を通りすぎ森の中へ入ろうとしていた。
「かそけき月の光の精霊よ、我が前を明るく照らしたまえ!」
さあぁ、と一筋の光が男たちを照らす。
男たちが抱えていたもの。美しいカーブを描いて湾曲し、厳かに黒く艶めいている木材は。
礼拝堂の天井にあったもの……?
――人を見たら泥棒と思え。
シスター・アレクサンドラの声が耳によみがえる。
その後は何もできずにロザベラはベッドに戻った。
だからといって、寝直すことがなかなかできず、窓から差し込む月明かりがみるみる角度を変え、部屋の中全体が白々となる頃になってうとうとし、そうかと思うとはっと目を覚ました。
ユナリアのベッドは空だった。奥の、かまどのある居間から物音はしない。
ロザベラはワンピースのまま外へ出た。夏の朝は早い。夜明けのしんとした気配を残しながら、空は既にすっきりとした蒼だった。
ユナリアは家の前の横たえられた丸太に座り、髪を梳いていた。
「おはようございます、シスター」
顔を洗いますか、とすすめられ、ロザベラはたらいを借りて顔をぬぐった。
「シスター、よろしければこちらに」
くすりと笑ってユナリアは手招きする。ロザベラが隣に腰をおろすと、ユナリアは立ち上がって後ろにまわり、寝起きで爆発しているロザベラの縮れ毛に櫛を入れ始めた。
「あ、や……わたしの髪は強情で櫛が折れちゃいます」
恥じ入ってロザベラはからだを固くする。
「大丈夫ですよ、すこしずつ丁寧にといていけば素直ないい髪になるって、母に教わりました」
言葉通り、ユナリアはひとふさひとふさ髪を手にしてくしけずる。
緊張でなかば呼吸を忘れたようになりながら、ロザベラは昨晩聞いたユナリアの身の上話を思い出していた。
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