1-6.ミッション
太陽は中天にあり森の中は明るかった。
せせらぎが煌めく小川の際は柔らかそうな新しい草で青々としていて、ヤギたちがのんびりとくつろいでいた。
修道士服のケープを脱いでワンピースだけの軽装になったアレクサンドラは、ユナリアに貸してもらったショールを被っていた。礼拝堂の祭壇にあったクロスと同じ型抜きと刺繍が施されている。ユナリアのお手製なのだそうだ。
小川沿いのなだらかな坂は蛇行を始め、下りの斜面がきつくなる。行く先からの響きで滝があることがわかった。
上から見下ろすとけっこうな落差のある大きな滝だ。つづら折りの道をシスター・ロザベラの速度に合わせて歩みながらアレクサンドラはユナリアに質問した。
「伐採した木を流すにはこの滝が難所になりますね」
「……それもありますけど、木を他所に売ることはないです。わたしたちにとって森は大切な財産です。財産は次の世代、また次の世代へと残していかなければなりません。だから尽きることがないように必要なぶんだけ樹を切ることを精霊にゆるしてもらい、代わりの樹を育ててくださいと祈ります」
必要なぶんだけって……生活の足しになっているようにはとても思えない。もっとじゃんじゃん切って売り払ってしまえばいいのに。
「清貧なんて自己満足なだけでしょうに」
滝音に乗じてアレクサンドラはつぶやく。
谷間を歩いて坂をくだってのぼってまたくだって。やがて木々の切れ目から、海岸線から奥深く入り込んだ長細い湾を見下ろせた。
陸地側のくぼみの正面は大きな河口で、その傍らに大きな桟橋が突き出ていて、周囲にたくさんの屋根が並んでいる。
「このまま道沿いに行けば着きます」
「ありがとうございます。わたくしは街の人たちに挨拶に行ってまいります。ユナリアさんは?」
「わたしは用がないので、ベリーを摘みながらゆっくり引き返しています」
ユナリアが木々の向こうへと行ってしまうのを待ってから、アレクサンドラはシスター・ロザベラの肩に手を置いた。
「街へは私ひとりで行くわ。あなたは休みながらユナリアの後について村へ戻っていて」
シスター・ロザベラが街へ行くことに気後れしているようなのはお見通しだった。案の定、彼女はほっとしたようすで頷く。アレクサンドラも気を良くして更に言い募る。
「私は今夜は戻らないかも」
「ええっ」
「その間、あなたは村のようすによく気を配ること。ユナリアの家に泊まるのだし、あの子からいろいろ聞きだして」
「聞き出すって、そんな、わ、わたしおしゃべりは苦手で……」
「なに言ってるの、年頃の娘がふたりきりですごすのだから身の上話のひとつもするでしょう、当然」
「そんなこと言われても……」
「さっきは話しやすそうにしていたじゃない」
「え、そ……」
「そうそう、あのフュルギャとかって話。どう思った?」
「どうって……」
「泥棒妖精がほんとうにいると思う?」
「い、言い方が悪いですっ。妖精はただ、きれいなものや珍しいものが好きで……」
「その妖精が、教会の材木までひっぺがして盗んでいくと思うの?」
「そ、それは……村の人がそう言うのなら……」
「寝ぼけたこと言ってんじゃないわよ!」
「……っ!」
ショックを受けたようすで目に涙を浮かべて固まるシスター・ロザベラ。だがアレクサンドラは止まらない。ヘンリックさんやユナリアに面と向かって言ってやれなかった鬱憤が溜まっているのだ。
「妖精の存在を否定してるわけじゃない。でも、イマドキは妖精だってほいほい人間のまわりに出てくるほどヒマじゃないでしょうに。違う?」
「……」
「ものごとは、理由があって起こるべくして起こっているの。なのに原因を深く考えもしないでなんでもかんでも精霊だの妖精だののせいにするなっつーの。妖精は人間の行いの隠れ蓑じゃないっつーのっ。違う?」
「それは……どういう……」
シスター・ロザベラは混乱しているようだ。とはいえ、アレクサンドラにも全貌は見えていないしまだ確信もない。説明するのも面倒だ。
アレクサンドラは息を吐いて乱れてしまった金の髪を指ですくって耳にかけた。
「とにかく、あなたのミッションは、ユナリアから話を引き出すことと、村を見張ること。よくって?」
「シスター・アレクサンドラは」
「私は私でやることがあるわ、もちろん」
「はあ」
まるで呑み込めていない風なシスター・ロザベラ。仕方ないなぁとアレクサンドラは彼女の細い肩にもう一度手を乗せる。
「アドバイスをあげる。いい? ――人を見たら泥棒と思え」
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