1-7.美男子とビール
目立たないように街に入ったアレクサンドラはまずは船着き場の周辺を見て歩く。
桟橋に近い密集した建物は倉庫で、人の出入りが多い。穀物袋や樽や木箱が山積みになっている。帆をたたんだままの船が桟橋を離れていくところだったので、ちょうど荷の積み替えがあったのだろう。
倉庫の両側の並びには宿屋が数件と、パンや肉の食料品店、靴屋に鍛冶屋も開いていた。露店では野菜と果物、日用品が並び、種類は少ないが織物も売っていた。
なるほど、最低限の日用必需品は揃う。
倉庫と並んで頭一つ飛び出た建物には鐘楼があった。あけ放たれた扉の中を覗いてみると、思った通り礼拝堂だった。
が、祭壇はあるものの厳粛な祈りの場というわけでもないらしく、入り口近くに設置された机では書き物をする人や、その前で木札や羊皮紙の切れ端を手にした数人が順番待ちをしているふうだったりして、事務所として使われているようだ。
村の教会と同じく司祭の姿はない。常駐の司祭を置いて教区を設定できるほど布教が進まなかったのだろう。だからこそ、聖女の派遣所に選ばれたんだなとアレクサンドラはシビアに考える。
聖女の救済の旅、と称したところで、やることはブラッドウッド枢機卿と同じ。〈大聖堂〉の支援者を集めることが最大目的であることをアレクサンドラは理解している。
桟橋には今度は小さな手漕ぎの船が横付けされていた。積み荷の木箱の中身は干しダラだ。
この土地の産物がこうして集められ、さっきのような大きな船に積まれてもっと遠くへ行くのだろうか。
「見ていておもしろいですか? お嬢さん」
金色の巻き毛に水色の瞳の美男子に声をかけられた。
「干しダラが何に変わるのだろうと考えていたの」
「ああ、それはおもしろい」
くすりと笑って水色の瞳の美男子は湾の入り口を指し示した。
「買い集められた干しダラは大陸に向かうのです。諸国で売りさばかれて、その金で穀物を購入する。そしてここへと戻ってきます」
「なるほど。わかりやすいです。あなたは商人?」
「ええ、まあ」
「商会をお持ちなの?」
「持ちたいと考えています」
気取って胸に手を当てる。美男子のこういう仕草はサマになる。お礼にアレクサンドラも微笑んでみせた。
「でも、あなたは干しダラや穀物を売り買いするようには見えないわ」
「なぜですか?」
「私のショールをじろじろ見ていたもの」
「バレていましたか。これは恥ずかしい。お詫びに、そこの店でごちそうさせてもらえませんか?」
喜んで。胸中でほくそえみつつ、アレクサンドラは優雅に頷いた。
酒場と食堂を兼ねた料理屋はまだ日が高いせいか客はまばらだった。もうしばらくすれば仕事を終えた人々が集まってきて情報交換を始めるのだろう。
水色の瞳の美男子はクラウゼと名乗った。アレクサンドラは適当にターニャと名乗っておいた。
蜂蜜酒を勧められたが、そんなものよりビールが飲みたかったアレクサンドラは同伴者の目など気にせず、まずはジョッキになみなみ注がれたビールを一気に飲み干した。
「……ッ」
ああ、娑婆の味だ。人見知り聖女さまの身代わり偽聖女などというトンチキな使命ではあるけれど、旅に出て良かった。そう思える。
「おかわりをしても?」
「も、もちろん……」
若干引き気味のクラウゼの関心を戻すべく、アレクサンドラはそっとショールの端に触れながら微笑んだ。
「干しダラはビールにもなるのね」
「ニシンの塩漬けもね」
自分もジョッキを持ち上げながらクラウゼは笑んだ。が、すぐに眉を曇らせる。
「……以前は個人個人での売買でうまく回っていたけど、今となっては不利な取引だと可哀想な気がして」
「この土地の人たちが損をしているってこと?」
「そういう言い方をするからには君はここの人じゃないんだね」
「あなただって」
二杯目のジョッキを持ち上げながらアレクサンドラはすみれ色の瞳を細める。
「うん。僕みたいに外から来た商人がいいように交易を独占しつつあるってこと」
「……」
メンドクサイ。思ったが、聞かないわけにもいかないようだ。
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