1-5.失せもの

 天上の一部が欠けていた? そんなのロザベラはまるで気づかなかった。

 シスター・アレクサンドラは伏せていた目を上げてヘンリックさんを見つめる。

「ああ。いや、それは……そう、フュルギャの仕業かと」

「フュルギャ?」

 シスター・アレクサンドラが繰り返す。聞きながらロザベラも首を傾げる。響きからして人の名前ではなさそうな。


「ヘンリックさん、聖女さまはいらっしゃいますか?」

 涼しい声がしてユナリアが顔を出した。

「すごい……っ。馬はよくなったのですね」

「ああ、そうなんじゃ。聖女さまのお力で」

 あからさまにほっとしたようすでヘンリックさんはピッチフォークと飼い葉桶を抱えてユナリアと入れ違いに厩を出て行った。


「わたしも聖女さまの奇蹟を見ていればよかった……」

「奇蹟だなんて。精霊の加護ですわ」

 決まり文句を繰り返すシスター・アレクサンドラの後ろでロザベラは居心地悪くスカートを握る。

「お疲れではないですか?」

「いいえ、全然」

 即答してから、シスター・アレクサンドラは目線を流してロザベラを窺う。問題ないとロザベラはかすかに顎を動かした。


「森にベリーを摘みに行きます。よろしければご案内しようかと」

「それは嬉しいです」

 連れ立って厩を出て教会に向かって歩き出しながらシスター・アレクサンドラは崖の方を振り返った。

「いくつか向こうの入り江は建物が賑わっていますね。街ですか?」

「そうです。広い桟橋があって商船の船着き場になっています。市場も大きくて必要なものはわりと手に入ります。あそこまで行かれますか?」

「ええ、案内してくださいますか?」

 シスター・アレクサンドラは嬉しそうだ。


 さっき一緒に同じ景色を見下ろしていたのに、見ているところがまったく違ったのだとロザベラは思った。

 屋根がたくさんある、なんてロザベラはまったく気にしていなかった。さっきの教会の天井の話もそうだ。

 どうも、自分とシスター・アレクサンドラとでは見ているポイントがまったく異なるようだ。


「出かけるなら身支度してきます」

 荷物を置かせてもらっているユナリアの家の前で立ち止まったとき、そばの教会から中年の女性が出てきた。

「ユナリア! まただよ、クロスがなくなってる」

「いいのよ、おばさん、騒がないで。きっとフュルギャよ」

 また「フュルギャ」だ。

「そりゃあ、他に黙って持っていく人間もいないだろうしねぇ」

 軽く口の端を上げながら、それでも納得したようすで女性は箒を持って立ち去った。


「フュルギャとはなんですか? もしかして精霊?」

 うずうずして思わずロザベラはユナリアに尋ねる。沈黙を通していたロザベラに急に話しかけられ驚いたのかユナリアは軽く目を瞠る。

「フュルギャは、ええと……幽霊? や、少し違うかな、守護霊っていうのかな」

 シスター・アレクサンドラに対するのよりかなり砕けた口調で、ロザベラはむしろそのことにほっとしてさらに突っ込んだ。


「それってご家族やご先祖の霊的な」

「そうなのかな、そういう場合もあるかもだけど。ええと、家に憑く妖精? みたいな」

「そのフュルギャが盗みを働くってことですか?」

 シスター・アレクサンドラが口を挟む。言い方が悪いとロザベラは思う。

「その、フュルギャがものを隠してまわるのですか?」

 自分で気づいたのかシスター・アレクサンドラは言い直した。


「ものが見つからないとき、わたしたちはそう言うんです」

「それって、なくしたものはもう見つからないんですか? フュルギャは返してくれない?」

 ロザベラの言い方にユナリアはくすりと笑った。

「返してくれることもあるよ」

 娘たちの微笑ましいやりとりにアレクサンドラは釈然としないようすで目を細めていた。

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