1-4.もののかたち
ヘンリックさんはけっこうな高齢のようだった。しきりに恐縮しながら厩に案内された。
「こいつです」
「では、見てみましょう」
蹲る栗毛の馬の前で膝を屈めながらシスター・アレクサンドラが目配せする。はっとしてロザベラもしゃがみこむ。
シスター・アレクサンドラは胸の前で両手を組む。ヘンリックさんはそばには来ない。
おじいさんからは見えないよう気にしながら、ロザベラはシスター・アレクサンドラの横から腕をのばしてそっと馬のからだに手をかざす。
目を閉じる。
馬のからだの中をめぐる生命の流れが見える。例えれば血管と同じようなもの。
その流れが途切れている部分がある。筋がちぎれて黒い穴になっているところ。
ちぎれた線をつなげるイメージを送り込みながらロザベラは心の声で馬を励ます。
大丈夫、自分の力で治るよ、大丈夫。
ちぎれていた筋が伸びてつながっていく。黒い穴がみるみる消えていく。
ほっと息をついて手を戻すのと、馬が嘶いて立ち上がるのが同時だった。
ヘンリックさんは喚声をあげてシスター・アレクサンドラに向かって何度も頭を下げる。
「精霊の加護ですわ」
控えめに微笑んでシスター・アレクサンドラは瞳を伏せた。
「村には今、こいつとあと一頭しか馬がおりませんので、助かりました」
それでか、とロザベラは密かに納得する。頑張りたい、頑張らないと。治癒を通じて、そんな馬の意思を感じた気がしたから。
ヘンリックさんや村の人たちは馬にとってよい主に違いない。
ロザベラは穏やかな気持ちになって馬を見守る。
「ずいぶん個性的なのですね」
壁に立てかけてあるピッチフォークを指差してシスター・アレクサンドラが言った。
柄の部分が切り落とした枝のかたちのままごつごつと湾曲している。
「使いにくくないのですか?」
「いやいや、これが意外と手になじむのです」
ヘンリックさんは年季がはいって黒光りしているピッチフォークの柄に大切そうに触れた。
「道具はみなさん手作りされるのですか?」
「それはもちろん。材木はたっぷりあるし、冬ごもりの季節は時間もたっぷりあります」
「素材のままの形を利用するのがお上手です」
そういえば、とロザベラは思い出す。
先ほど座っていた椅子は切り株をそのまま利用したしろものだったか、座面のへこみがしっくりきて座り心地が良かった。お椀の形も歪んでいたけれど水を飲みにくいわけでもなかった。
「わしらは、ものをつくるとき、そのものが何になりたいかを想像しろと教わりました。こいつはフォークになりたがってる、そう祖父さんが感じて作ったものです」
「なるほど」
感銘を受けたようにシスター・アレクサンドラは何度も頷く。
「それにしても教会の材木は立派ですわ」
「あれは元々、船をつくっていた連中が建てたのですじゃ」
「この村で船ですか?」
「わしの祖父さんたちの代まではこの村の者も海へ出ていったもんです。小川と渓谷を下って入り江に出たり、船で進めなければ担いで森を越えたりもしたそうです」
「まぁ」
「外へ外へ。そういう時代でしたのじゃ。海岸を入り江ごとに立ち寄って交易をして、海峡を越えた先では略奪もしたと。そうしているうちに〈大聖堂〉の教えを受け、残虐な行いを悔い改めて故郷に教会を建てたのです」
「なるほど……」
「今は白樺だらけじゃが、当時は赤松がまだかろうじて育っていました。柱や梁は千年経っても朽ちはしないと祖父さんは自慢しとりました」
「ええ、とても立派です」
「ありがたいことです。出来の良さを褒められて、聖女さまの塚を賜ったのだと」
ヘンリックさんの昔話に聞き入っていたロザベラはそこで眉をひそめた。
塚を賜った? いや、それは順番が逆だろう。
〈転移門〉は古代の遺物を利用した魔法装置だ。あれはもともとこの地にあったもののはず。あれがあったから、村人を誘導して教会を建てるようしむけたのではないか。そうして〈転移門〉を管理させているのではないのか。
そうやって〈大聖堂〉は古の霊威を取り込むのがうまいのだ。「精霊の愛し子」と称されつつ疎まれていたロザベラをスカウトしたように。
「教会の建築に船作りの技術が利用されたわけですね」
「ああいうふうにしか作れんかったともいえますが」
「ふふ、それではあのドラゴンは船の守護獣といったところでしょうか?」
「おお、その通りですじゃ」
「今ではこの村を護っているわけですね」
ヘンリックさんは嬉しそうに頷く。
「ですが、先ほど拝見したところ、気になったことがあります」
シスター・アレクサンドラはすみれ色の瞳を伏せてささやいた。
「天井の……梁というのでしょうか? 一部分が剥ぎ取られたように欠けていました。あれはどういうことでしょう」
ヘンリックさんは笑顔を凍りつかせて黙り込んだ。
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