1-3.黒い教会
黒い教会の内部は全体的に同じく黒かった。側廊がなく、正面に祭壇があるのが唯一礼拝堂らしいところだ。
布に型抜きを施した見慣れない刺繍のクロスがかかった祭壇で祈りを捧げたあと、屋外のテーブルで一息つくことになった。
これがいちばんのご馳走だと供された汲みたての小川の水はたしかに美味だった。普段口にしている大聖堂の島の井戸水とはまったく違う。
ヤギのミルクで作ったという茶色のチーズはねっとりと甘味があって、これまた初めての食感だった。
飲食に夢中になっている感をかもしだしてずっと俯いているロザベラの隣で、シスター・アレクサンドラはすっかり打ち解けたようすで、仕事の合間に入れ替わり立ち替わりやってくる村人と歓談していた。
崖の上に建つ教会の周囲には今は二十人ほどが暮らしているそうだ。
海岸線に点在するいくつもの入り江にもそれぞれ集落があり、木材や酪農品と魚の加工品を交換したり、穀物を買ったりして生活を成り立たせているらしい。
もっと交易が盛んだったころには海の向こうへまで船が向かい、大陸の品々がこの村へまで届いたが、数年前に起きた大規模な戦争のせいで行き来はすっかり途絶えてしまったという。
「ほんとうにねぇ、戦争なんてどこの誰が始めるのか知りませんけど、いい迷惑ですよ。男手は戻ってこないままだし」
「ご苦労されているのですね。ご家族が早く戻られるよう祈ります」
「いえもう、うちの亭主なんて帰ってこなくたってかまいやしないけど。息子の元気な顔は見たいですね、早く」
それにしてもシスター・アレクサンドラはすごいとロザベラは感心する。村人に応対するシスター・アレクサンドラは聖女然として、修道院にいたときとも、ロザベラとふたりの道のりの間とも、異なる身ぶりや話しぶりで驚く。
よくよく思い返してみれば、彼女は自分で自分を〈聖女〉とは自己紹介していない。ただ、〈聖女〉がやってくる出入り口だと伝わる墳墓から現れたこと、シスター・アレクサンドラのたたずまいや見た目や雰囲気が、彼らが望む〈聖女〉と合致しているから、聖女と認知されたのだ。そういうことなのだと思う。
きれいな人はやっぱり違う……空になった水の椀を手にしたまま、ロザベラはためいきを落としそうになってなんとかこらえた。
「さて、ヤギを見に行かないと」
中年の女性が立ち上がると、ようやくロザベラとシスター・アレクサンドラのふたりきりになれた。
はあーっとシスター・アレクサンドラは背中をのけ反らせる。疲れたのだろうか。
「あの……」
「貧しいところだね」
ぽつっと言ってシスター・アレクサンドラも立ち上がりテーブルの上の食器を片付け始めた。ロザベラもそれに倣う。
平皿や椀をすぐそばの民家に持っていくと亜麻色の髪の娘――ユナリアが顔を出した。食器を受け取り、シスター・アレクサンドラを見上げてユナリアは言った。
「聖女さま。よろしければ、ヘンリックさんの馬の怪我を診てもらえないでしょうか? お隣の家です」
隣といってもなだらかな斜面の先でここからでは煙突のついた屋根しか見えない。
「わかりました。行きましょう、シスター・ロザベラ」
「は、はいっ」
隣家に向かう途中、シスター・アレクサンドラは崖の際で足を止めた。半歩うしろでロザベラも立ち止まって正面を見る。
朝から変わらぬ快晴で、蒼穹の下では、濃い緑の海岸線の隙間隙間に紺碧の海が入り込んで緑と青とが強さを競い合っている。狭い入り江の白さがアクセントになっていた。
目に沁みるような絶景だ。シスター・アレクサンドラも同じことを感じているだろうか。先に歩き始めた彼女の後についていきながらロザベラは考える。
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