1-2.聖女デビュー
通路の先には天井の高いドーム状の空間がぽっかりとひらいていた。中央には石造りのアーチが建っていた。上部の曲線部分に何か刻まれている。
近付いて眺めてみて、古代の文字であることはわかったが解読はできない。
このアーチの下で聖女が祈りを捧げれば道が開く。
おおざっぱな説明しかされなかったアレクサンドラはさて、とシスター・ロザベラを振り返る。
ほうけたようすでアーチに見入っていたシスターは、敏感にアレクサンドラの視線を察知し、視線を落としておずおずとアーチの真下に立った。
「あの、じゃあ……」
「ええ。お願いします」
なんとなく、背負った巾着袋の紐を握り直して、アレクサンドラはシスター・ロザベラを注視する。
「あのっ」
「え?」
「そ、そんなに見ないでください。集中できません」
「ああ。はいはい」
そうは言われても、寄り添っていないと不安なので、アレクサンドラはシスター・ロザベラの真横にぴったり立ちつつ、あさっての方向に視線を飛ばす。
「とこしえに宿りし古き精霊よ」
少しうわずった声でシスター・ロザベラが唱えはじめる。
「汝らいにしえの精霊に我は願う……」
文言はすらすらとよどみなく出てくるようだ。声そのものも低く落ち着いていて耳に心地よい。
悪くないじゃないか、とアレクサンドラは心の中で首を傾げる。どうして彼女は自分で聖女と名乗れないほど自信がないのか。
心なしあたりが暗くなったような気がする、と思うのと同時に足元が沈んだ。
落下の際に感じるような浮遊感。
ガクンと膝が砕けそうになったが、ヒヤッとしたのは一瞬で、靴裏はしっかりと元の通り地面を踏みしめていた。
なんだったのだろう、と顔をあげてみれば、さっきまでは白っぽい光だったドーム内の明かりが、今は淡い緑色の光へと変わっていた。
アーチのつくりも何もかも同じなのに光の色が違う。
「着いたの?」
床にへたりこんでしまっているシスター・ロザベラの手を取りつつ確認すると、彼女は多分、とつぶやいた。
通路を引き返していく。出入口の扉は開いていて、太陽の光がわずかに差し込んでいた。
まぶしさに目を細めながら外へ出る。
潮風とは違う、乾いた森の匂いを感じて、アレクサンドラは周囲に視線を投げる。
ふたりが出てきたのは入ったのと同じような墳墓だ。しかし周りの景色はまるで違った。
抜けるような青空からは太陽の光が降り注ぎ、風はとても穏やか、墳墓の向こうは白樺の森で、反対側の真正面には黒い木材の建物が聳えていた。
「教会ですよね……」
珍しくシスター・ロザベラが自分から口を開いた。
「そうね」
急こう配の切妻屋根を乗せた三角形プラス四角形の形だけを見れば、雪深い地方の山村の素朴な礼拝堂だ。だが疑問符をつけたくなるのは、白樺の樹皮の白さと対をなすような外観の黒さと、
「あれはドラゴン……?」
切妻屋根の両端のドラゴンの頭部をかたどった意匠のせいで、屋根を覆うこけら板の形状もドラゴンの鱗のように見える。
しばらく見入ったままでいると、背後から草を踏む足音が聞こえてきた。
森から出てきた人々は、腕に白樺の枝を抱えていて、先頭を歩いていた亜麻色の髪の娘がまっさきにふたりに気づき、短く声をあげて枝を落とした。
「せ、聖女さま!? 聖女さまなのですか!?」
実に話が早い。アレクサンドラは担いでいた荷物をシスター・ロザベラに預け、住人らしい人々に向き直って胸の前で両手を組んだ。
さあ、偽聖女アレクサンドラのデビューだ。
「驚かせてしまい申し訳ありません。わたくしは〈大聖堂〉のシスター・アレクサンドラ。こちらはシスター・ロザベラです。精霊のお導きにより、みなさまのもとへまいりました」
「聖女さま……」
「聖女さまだ」
口々につぶやいて人々はその場に膝をついた。
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