第7話 それぞれの死闘

 オボロは正面から魔族のアジトである屋敷に単身で攻撃を仕掛けていた。そのような暴挙に及んだ理由は二つ。


(……きっとブレイドラース様は敵の大将である魔族を狙うはず……私は少しでも雑兵を引き付けて露払いをしよう。そうすればブレイドラース様も戦いやすくなるはず。そして……ここで活躍できればきっと汚名を返上することも出来るはず。ブレイドラース様のお傍に置いていただくためにも、なんとか活躍しないと)


 そう決意すると、すでに生やしていた角をよりいっそう輝かせ、現れる敵兵や魔物を次々に切り捨てて行った。そうして敵を掃討していくと、やがて腰に剣を下げた一人の老執事が音も無く屋敷の正面から現れた。執事は血まみれで倒れる死体を一瞥した後、オボロの方を向いた。


「……これはこれは。まさか鬼人族がこのお屋敷を嗅ぎまわっていた犯人とは思いませんでした。そのうえこのような年端も行かぬお嬢さんとは」


「……その佇まい。ただ者ではないようですね。貴方がこの屋敷の警備の責任者ですか?」


「ええ、その通りでございます。バトラーと申します。どうかお見知りおきを。……とはいえ、この世を去る貴方にとっては知る必要の無い事なのかもしれませんが」


「いいえ。そんなことはありませんよ。私は自分で斬った相手のことは決して忘れないようにしているのです。ゆえに貴方の名もしっかりとこの魂に刻みましょう」


 笑顔でそう言い合いながらも眼がまったく笑っていない二人は剣を構えると同時に地面をえぐるような踏み込みでそれぞれの間合いを侵略すると、お互いの剣を激突させたのだった。




 オボロが勇敢に敵と戦っていた時、ブレイドラースの方はというと――。


(誰か助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!)


 ――全力で逃げ隠れしながら魔族の猛攻になんとか耐えていた。しかし違う部屋に移動したり、物陰や障害物の後ろに隠れてもその行動は全く意味をなさなかった。その理由は魔族の手から発せられる紅蓮の炎。あらゆるものを焼き尽くすその業火は壁や障害物をあっという間に粉みじんに爆発させてしまうのだ。ゆえにブレイドラースの隠れる場所もどんどん少なくなっていき、その身を確実に追い詰めて行った。しかし圧倒しているにもかかわらずアルグラッドのその表情は退屈極まりないものだった。


「――貴様、いつまでそうやって逃げ隠れするつもりだ。低俗な人間だったとはいえ我の細胞を移植した者達を倒したのだろう? 無駄な足掻きになるとはいえ、その力の一端、少しは見せたらどうなのだ?」


 両掌で魔力で出来た炎を弄びながらそう言いつつ、ブレイドラースの隠れる場所に炎をぶつけ粉砕しては場所を移動し同じことを繰り返していく。


「いくら身を隠そうと、その膨大な魔力を制御し隠さなければ何の意味もないではないか。まさかそんなこともわからぬのか。だとすれば、期待外れにもほどが――ん?」


 単純作業の繰り返しに退屈した様子のアルグラッドだったが場所を移した戦闘が三階から徐々に下の階へと移って行っていることに気づくと眉をひそめて小さく呟いた。


「――これは……ただ闇雲に逃げ回っているだけかと思ったが、まさかこの我を誘導しているのか……? そして誘い込んだ場所でこの我を倒す何らかの作戦を用意しているとでも……?」


「……」


 しかしブレイドラースはその問いかけには答えずひたすら逃げ続ける。その沈黙を肯定と受け取ったアルグラッドはここでようやく楽し気な笑みを浮かべた。


「――面白い。その誘い乗ってやろう。魔力だけのただの腰抜けがみっともなく逃げ回っているだけかと勘違いしてしまったが、存外に楽しめそうだ」


 未知の強敵との戦いに喜ぶアルグラッドだったが、実際は――。


(死ぬ死ぬマジで死ぬたちゅけてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!)


 ――ただの腰抜けがみっともなく逃げ回っているだけであった。


 アルグラッドの炎によって炎上し始めた館で再び鬼ごっこが始まる。    


 


 屋敷の庭で鬼と老紳士――二人の戦いは続いていた。だがその戦いは互角とは決していえないものであったのだ。オボロは苛烈な剣戟で攻め立てていたが、バトラーはそれらの斬撃を剣で悠々と受け流し涼しい顔を保っていた。


「――ほお、素晴らしい剣だ。その若さで一定の完成を迎えている。たゆまぬ鍛錬の成果でしょうね。一撃一撃が実に流麗だ」


「くッ……!」


 攻防の最中に論評し始めたバトラーの余裕とその技量にオボロは歯噛みした。だがそんな精神的に未熟な少女を煽るように論評会は続く。


「そのうえ激しさも兼ね備えた剛剣でもある。並の相手では勝負にはならないでしょうね。しかし疑問が一つ。貴方は確かに強い。しかし貴方相手にブロッケンやハガクレが負けるとは思えないのですよ」


「ッ……!」


 嘲笑うように言われた一言によってオボロはブロッケンやハガクレに負けた時の事を思い出す。それを見透かすようにバトラーは続けて言う。


「通常の人間状態のブロッケンたちならば今のあなたでも勝てるでしょう。しかしアルグラッド様の細胞によって変化した『魔人』状態の彼等に貴方が勝てるとはどうしても思えない。となると、彼らを倒したのはお屋敷で我が主アルグラッド様と戦っている貴方のお仲間ですかな」


 動きを止めたバトラーが指差した先には炎上する屋敷があり、オボロはその紅蓮の炎に包まれた屋敷を見ながら唇を噛む。


(……ブレイドラース様……やはりお一人で戦いに来ていたのですね……私が不甲斐ないばかりに……私は……)


 そしてオボロは燃え盛る屋敷を見た結果、別の記憶まで呼び起こしてしまう。それは鬼人族の集落が襲われ魔族の力である青い炎で同胞たちが焼き尽くされた記憶。それを思い出してしまい、刀を握る手に余計な力が入る。


(……落ち着きなさいオボロ。あの炎は我々鬼人族を焼き滅ぼした炎じゃない……あれはもっと禍々しいものだった。あそこにいる魔族は同胞の仇じゃない……それにもしあの魔族がいるのなら……あの女もいるはず……仮にあの女がここにいるのなら必ず私の前に現れて、私を嗤うだろう)


 青い炎に包まれた集落で楽しそうに笑っていた自らの姉を思い出し怒りを覚えながらもなんとか冷静になったオボロはバトラーに殺気を込めた視線を送る。


(……屋敷を包むあの凄まじい魔力を帯びた異常な炎を見ればわかる……どちらにしろ今の私ではあの屋敷にいる魔族には勝てないだろう……ブレイドラース様にお任せするしかない……けど、だったらせめて……目の前の男だけはッ……!)


 そう決意したオボロは敵に刃を向け構え直す。するとバトラーはそれを見て鼻で笑った。


「その意気込みだけは買いましょう。しかし貴方と私では実力差がありすぎる。このようにねッ……!」


 言うや否やバトラーの姿が一瞬で消えると、突然正面に現れオボロに斬りかかる。その剣戟の速度と精密さはすさまじく、太刀で防御するその隙間を縫うように少女の肉体を瞬く間に斬り刻んで行った。


「ぐぅ……」

 

 致命傷はなんとか避けたものの、体のあちこちから出血したオボロは膝を折る。そんな様子を見てバトラーはやれやれと言った風に手を広げた。


「言ったでしょう? 貴方では私に勝てないと」


「……なぜ、ですか……魔人というあの化け物にならずともこの技量……おそらく相当名の知れた剣客だったはず。これほどの力を持ちながらどうして……」


「どうして魔族についたのか、ですか? 簡単ですよ。人間の限界を感じてしまったからです。どれほど鍛え力をつけようとも老いには勝てない。その事を歳を重ねるごとに感じるようになったのです。そして近づいてくる死に恐怖するようになった」


「……死から逃れるために魔族の支配を受け入れたというのですか……」


「ええ。アルグラッド様の細胞をこの身に受け入れたことで私は人としての死を逃れることが出来た。しかもそれだけではありません。他の魔族たちが復活した暁には私の肉体を若返らせ全盛期以上の力をくださると言ってくださったのです。そうなれば私は永遠の若さと強さを得ることが出来る」


「……その結果……人をやめることになっても……?」


「人をやめるのではありません――超えるんですよ」


 満面の笑みでそう言うバトラーに対してオボロは小さくため息をつくと、ゆっくりと立ち上がった。


「……どうやら貴方とはどうあっても分かり合えないみたいですね」


「そのようですね。ではそろそろ決着と行きましょう。しかし斬ってみてわかりましたが鬼人族は想像以上に頑丈だ。この剣では仕留められるか心配です。ですのでそろそろ本気を出させていただきましょう」


 バトラーがそう言うと、その肉体から赤い電流が迸り始め皮膚の色が赤黒く変色し始める。それを魔人なる怪物への変身と捉えたオボロは素早く駆けるとその首元に刃を突き刺そうとするが、その前に刃を赤黒く変色した生身の手で掴まれ止められてしまう。だが刀身を握った手からは血が零れ落ちることはなく、その皮膚がいかに強靭かを思い知らされると同時に刀ごとその身を投げ飛ばされてしまった。


 空中で身を翻し着地することに成功したものの、バトラーはすでに魔人への変身を終えてしまっていた。その身はブロッケンのように巨大化することや、ハガクレのように完全に異形と化したわけではなかったようだが、やはり普通の人間とはとうてい言えない形をしていた。

 

 老紳士の時のような人型を保ちつつ、全身は赤黒く変色していたが、何より特徴的だったのが右腕である。なんと肘から先が全て巨大な剣で出来ていたのだ。三日月のような形をしたそれを軽く振ったバトラーによって庭の土が風圧で爆ぜる、その光景を見たオボロはその威力に思わず息を飲んだ。


「――ではお別れの時間です、お嬢さん。なかなか楽しかったですよ」


「私は……負けない! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 地面を蹴り飛び込むと同時に全力で振るった太刀は――。


「――さようなら」


 バトラーが軽く振るった右腕によって切断され――。


「が、はぁッ!?」


 ――オボロのその身も袈裟斬りにされ勢いよく血が噴き出す。


 そして血まみれで倒れ伏すオボロを一瞥した異形のバトラーは嬉しそうに呟いた。


「――やはり人間の力は脆い。貴方を見て魔人になってよかったと心の底からそう思うことが出来ました。感謝しますよお嬢さん」


 そう言ってバトラーはその場から歩き出した。



 庭で一つの戦いが終わりを告げようとしていたその時、屋敷の中――二階のとある廊下にてもう一つの戦いが終わろうとしていた。


(や、ヤバイミスった……行き止まりに来ちまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?)


「――ここが我を誘い込みたかった場所なのか? そうだとすれば――鬼ごっこはこれで終わりだな」


 壁際に追いやられたブレイドラースに対してアルグラッドは笑うと、その手から膨大な熱量を発しながら炎を放った。それは巨大な炎の球体で、狭い廊下では決して避けることが出来ないものだった。ゆえに追い詰められたネズミは思う。


(あ――終わったわこれ……)


 そうして絶望の呟きと同時に爆炎がブレイドラースを呑み込み盛大に爆発したのだった。

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