第8話 紅の太刀と目覚めの鼓動

 オボロは熱を失い冷たくなっていく体に力を入れようとしたが、まったく動かすことが出来ず両の瞳からただ涙をこぼすことしか出来なかった。


(……ここで終わりなの……私の戦いは……こんなところで……未だ復讐も遂げられていないというのに……それに……せっかく……憧れの存在と出会うことが出来たというのに……)


 死にゆくオボロの脳内でかつての会話が走馬灯のように蘇る。それは大好きだった祖母と幼い頃にした会話だった。


『おばあちゃん、この世界はもうすぐ終わっちゃうの? お姉ちゃんが言ってた。もうすぐ魔族が復活してこの世は支配されるって』


『カゲツがそんなこと言ったのかい? まったくあの子は……』


 ため息をついた祖母は不安そうなオボロの頭を優しく撫でた。


『大丈夫だよ。この世は終わったりしないさ』


『けど予言の書に書かれている事なんでしょ? 予言の書に書かれていることは絶対に起きるって、お姉ちゃんはそう言ってたよ』


『そうさねぇ……確かに予言の書に書かれてることは実現するだろうね。魔族の復活もおそらく本当に起きることだろう』


『じゃあやっぱり……』


 涙目になるオボロの頭を祖母はポンポンと撫でた。


『慌てなさんな。確かに魔族は復活する。だけどねぇ、それと同時に神様がこの地にやって来てくれるんだ。そう予言書に書かれているのさ』


『神……様?』


『そう、神様さ。なんでもこの世が終わりに瀕する時、天界から剣の神というとんでもなく凄いお方がやって来るそうなんだよ。そしてこの世界を救ってくださるらしいのさ』


 それを聞いたオボロは瞳を輝かせた。


『すごい! オボロも神様見てみたい!』


『そうだねぇ、アタシもぜひ拝ませてもらいたいもんだ。けどね、オボロ、見てるだけじゃ駄目だとアタシは思うんだ。神様がアタシらのために戦ってくださるのなら、神様のためにアタシらも戦わなきゃいけないってね。わかるかい?』


『うん、なんとなくだけど……わかる気がする』


『そうかい、そりゃよかった。アタシはすっかり老いぼれちまった。おそらくその時が来ても戦力にはならないだろう。だから若いアンタたちにきっと託すことなる。剣の神――救世主様がもし天界から現れたその時は、よろしく頼むねオボロ』


『うん、まかせておばあちゃん! オボロ、剣術いっぱい頑張って強くなるから! それでね、救世主様と一緒に世界を救うために戦うんだ!』


『ふふ、そいつは頼もしいね。だったら救世主様に愛想つかされないようにがんばりな』


 そう言って笑う祖母の顔を見ながら幼いオボロはまだ見ぬ剣の神の姿を想像した。


(どんな姿をしてるんだろう? やっぱりカッコいい姿をしてるのかな? 早く会いたいなー!)


 そうして何度もその姿を思い描きながら今まで生きて来たことを思い出す。その瞬間、屋敷の中から一際大きな爆発音がし、オボロの意識を現実に引き戻した。


(爆発音……ブレイドラース様はまだ戦っているんだ……たった一人で魔族と……それなのに私は……いったい何をしているの……あの人に会って一緒に世界を救う戦いをするのではなかったの……そのために今まで死にもの狂いで修行してきたのに……ふふ……まったく、こんなんじゃ……愛想つかされちゃうよね……おばあちゃん)


 そう心の中で言って力の入らない体に無理矢理力を入れるとよろめきながら立ち上がる。するとそれを察知したのかバトラーは立ち止まると振り返りため息をつく。


「――やれやれ、まだ生きていたとは。それに大人しく死んだふりでもしていれば助かったものを……わざわざ立つとは。死ぬのが怖くないのですか貴方は」


「怖いに決まって……いるでしょう……誰だって死ぬのは怖い……けど、その恐怖と戦う覚悟はとうに出来ているんですよ……私は……だから……その恐怖から逃げ魔族の力に縋った貴方にだけは負けるわけにはいかない」


「……ずいぶんと威勢よく吠えるではないですか。しかし貴方が死にかけであることに変わりはないですし、何より武器も失った。そんな状態でどう戦うと言うんですか?」


 不愉快そうに眉をひそめたバトラーがそう言うと、オボロは折れた剣を捨て拳を構えた。


「武器が無くなれば拳で。腕が無くなれば蹴りで。足が無くなれば歯で噛みついてでも貴方を倒す」


「……正気ですか?」


「ええ。それに私が死ねば貴方は自分の主のもとに向かって加勢するつもりなのでしょう? そんなことは絶対にさせませんよ。ブレイドラース様の邪魔はさせない」


「……なるほど。貴方の仲間かと思っていましたが、そのブレイドラースという者と貴方の関係はどうやら私とアルグラッド様の関係に近いらしい。しかし私以上に貴方は狂っている。武器を使って勝てなかった私相手に腕や足で戦ってでも止めようとするなどまるで狂信者のようだ」


「なんとでも言えばいい。私は私の戦いをするだけです」


 死にかけのオボロの静かな気迫を受けたバトラーはここに来て初めて顔を歪める。


「……いいでしょう。ならば一思いに首を撥ねて差し上げましょう。そうすればもう二度と立ち上がることはない。正直に言って貴方はいささか……いや、かなり……気味が悪いッ!!!」


 そう言って右腕の剣を振り上げオボロに斬りかかろうとしたその瞬間、大きな爆発と共に屋敷から一本の赤い剣が飛んで来た。なんとその剣は魔人による攻撃の機先を制するように地面に突き刺さったのだ。突き刺さる直前に急いで攻撃を止め跳び退いたバトラーはその剣を凝視した。


「……なんという神聖で膨大な魔力が詰まった剣……あと半歩踏み込めば串刺しにされていましたよまったく……」


「この剣は……」


 オボロは昼間にブレイドラースが地面に出していた剣のうちの一本であることにすぐに気づいた。しかもそれは自分が眼を奪われていた真紅の剣である。未だ警戒して動かないバトラーをよそに近づき試しに剣のを握った瞬間、膨大な魔力が体内に流れ込んできた。しかしそれは決して悪しきものでは無いということはすぐにわかる。


(……暖かい……まるで太陽の光が体内に流れ込んでくるみたい……この力なら安心して身を任せられる。もしかして……ブレイドラース様は私の覚悟に応えてこの剣を……だとしたら……)


 そうして握った柄を勢いよく引き抜いたオボロは不敵に笑う。


「――決して負けるわけにはいきませんね」


 すると引き抜いた剣が光り輝き、真紅の焔が発生すると同時にその形状が大きく変化していった。そして炎が収まると、握られていた武器が大きく変化したことに気づく。それはオボロが得意とする武器――刀だった。鮮やかな真紅の刀身に赤い柄と金色の鍔が付けられたその太刀を見て鬼と魔人は驚く。


「……このような機能まであるとは……重ね重ね感謝します、ブレイドラース様」


「……なんと面妖な……しかし、なるほど、それは貴方の教祖様からの贈り物というわけですか。まあ、別に構いませんがね。たとえどんな武器を得ようとも使いこなせなければ意味が無い。死にかけの貴方に持たせたところで意味の無い宝物。次の一撃で――完全にケリをつけます」


 バトラーがそう言うと右腕の剣がさらに巨大に変化しその刀身に電流のような魔力が走り始める。それを見たオボロは呼吸を整えると、腰を落とし迎撃に備える。それに合わせて真紅の刀の刀身は赤い光を放ち始めた。そしてそれから一拍置いて、二人は同時に踏み込み刃を合わせた。赤黒い刃と真紅の刃、二つが衝突し周囲に衝撃波が走るもすぐに決着がつく。


 一瞬で斬り捨てられたその人物は何が起きたのか理解できず、呆然となりながら逆さになった視界を空中で見ながら呟いた。


「こんな……馬鹿な……私は人を……超え……たはず……」


 そう言い残し地面に転がったバトラーの首と倒れた胴体はやがて真紅の焔に包まれ燃え始める。それを冷めた目で見ていたオボロは静かに吐き捨てる。


「――今回貴方に勝てたのはブレイドラース様が与えてくださったこの剣のおかげです。私は実際貴方より弱く未熟だった……ゆえに今回の戦いでは色々と学ばせていただきました。それになにより良いことに気づけました……」


 燃え盛る死体から目を離しながらオボロは再び呟く。


「――やはり魔族の力は醜い……貴方を見てあらためて人のままでよかったと心の底から思うことが出来ました……感謝しますよ、ご老体……」


 そう言うともはや限界といわんばかりに足を震わせ膝を折って座り込んでしまう。そして自らが憧れ共に戦いたいと願った剣の神がいる屋敷の方に眼を向ける。


「……ブレイドラース様……どうかご無事で……」


 そう言い残すとその場に倒れ意識を失った。




 一方、遡ること少し前――屋敷の行き止まりの廊下にて爆炎を受けたブレイドラースだったが、その瞬間――持っていた白い神剣が輝きを放ち炎を防ぐ光の障壁を張り巡らせたのだ。その結果、爆炎を防ぐことに成功し九死に一生を得る。


(な、なんだ……もしかしてついにやる気を出してくれたのかお前ッ……! 上空から落下した時を思い出すな。あの時もお前に助けられたんだったな。もしかしてピンチにならないとやる気を出さないタイプなのか? まあいいや。とにかく、この無敵バリアがあればどんな攻撃があろうと――)


 だがアルグラッドはそれを見てさらに面白がったのか先ほどよりもさらに大きな炎を作りながら言う。


「ふッ、やるではないか。ではもう少し大きく作ってみるとしよう」


(――ちょ、冗談じゃないぞ!? なんか妨害する方法は……そうだ!)


 妨害の方法を思いついたブレイドラースは心の中で念じる。


(――出でよ神剣! そして食らえええええええええええ!!!)


 そうして取り出した赤い神剣をアルグラッドの作り出している途中の炎の玉にぶつけることで生成を阻害する事には成功する。だが代償として赤い神剣は炎の爆発と共に彼方へ飛んで行ってしまった。


(――ありがとう百円ライターブレード、君の犠牲は忘れない)


 心の中で念仏を唱えたブレイドラースは爆発によって出来た隙をついてその場を脱出した。そして自らの爆炎を意図せず爆発させられわずかにダメージを受けたアルグラッドは先ほどよりも真剣な表情になると獲物を追い始める。


「――我自らが作り出した炎を利用し我を焦がすとはな……先ほど召喚し投擲した膨大な魔力を帯びた剣といい……やはりただ魔力が多いだけの凡人では無いようだ。面白くなってきたな。少し本気を出すか」


 そう言ったアルグラッドがさらに強力な炎を出すと、ブレイドラースが逃げこむたびに爆発が屋敷の各フロアで起きる。そうして一階の大広間にまでネズミが追い詰められる頃にはすでに屋敷は半壊していた。


「――さあ、ここまでのようだな。もはやこの屋敷に貴様が逃げ込めるような場所はもうどこにも無い。つまりこここそが貴様が我を誘い出し立った場所なのだろう?」


(さ、誘い出す!? 何言ってんだこいつ!? 俺はただ逃げてただけなのに……)


 ブレイドラースは敵に勘違いされていることにようやく気付いた。先ほどまで必死に逃げていたため相手の言葉に気づけなかったこともあるが、爆発の音があまりにうるさくよく聞こえていなかったという理由もあった。そうこうしているうちにアルグラッドの期待や関心が高まったことにも当然気づかずにいた。


「では何を見せてくれるのか楽しみにしようではないか。だがもしも、それが我を楽しませられるものでなかった時は……」


 そう言ってアルグラッドは手からだけでは無く、全身から炎を噴出させ 


「――楽に死ねると思うなよ」


(ひえええええええええええええええええ!?)


 殺気と共に放たれる炎にビビり散らしたブレイドラースは盛大に視線を泳がせながら状況を打開する策を必死に考える。


(どうする……どうやって切り抜ける……いや、もう選択肢なんて他にはないな。もうこうなったらアレしかない……どうやら伝家の宝刀を抜く時が来たようだ。そうアレを……全力で……!)


 そして土壇場で凛々しい表情になったブレイドラースを見たアルグラッドは愉快そうに笑う。


「ハハハ、どうやら我の考えは正しかったようだ。その表情、下等な人間にしてはなかなかのもの。では見せてみるがいい。その誇り高き表情に恥じぬ戦いを」


(――全力で土下座するッ!!! 許してもらえるまでみっともなく命乞いをするんだ!!!)


 ブレイドラースは誇り高い顔で最高に情けない解決策を用意した。


 そんな最高にダサい男に握られた白い剣の柄が静かに動き始める。それはまさに心臓のような鼓動で、それにブレイドラースが気づくのは少し先の話であった。

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