第6話 意図せぬ潜入と最初の魔族
ブレイドラースは月明かりを頼りに、オボロから借りた墨石と呼ばれる字を書くことのできる石で小屋の床に文章を書いていた。その文章とは別れの手紙代わりのもので、なるべく怒りを買わないように気を付けて書かれたものだった。
(……あんまり長く書いてるとオボロに気づかれるしこの辺にしておくか……)
ブレイドラースは墨石を机に置くと寝ているオボロの方へ顔を向け頭を下げた後、小屋から静かに出て行った。持ち物は白い剣だけで他は何も持たず静かにその場を離れ歩き始める。
(……食べ物とか寝る場所とか色々提供してもらったのに悪いことしちまったかなぁ……って言っても俺がそばにいてもしてやれることとか無さそうだし……このまま一緒にいたらボロが出て俺が剣神じゃないってバレかねないからなぁ……そうなったら確実にぶった斬られそうだし……仕方ないよなぁ……まあ恩は次に会った時にでも返せばいいか……その頃には俺が逃げ出したことに対する怒りも落ち着いてるだろうしな)
気持ちを切り替えたブレイドラースは歩きながら思索にふける。
(さてそれよりこれからの事を考えよう……とりあえずこっちの方角に町があるってオボロから聞いたし、とにかく町を目指すか……月明かりを頼りに移動するのは不便だけど仕方ない……しっかしこの辺に魔物がいなくて助かった……そうじゃなかったらとてもじゃないけど一人で森の中を移動なんかできない。とにかく町にたどり着くことが重要だ。そして商業ギルドに行くんだ。俺の偉大な計画を進めるために)
二日ほどオボロと一緒にいたため魔物がいることなどのこの世界の知識を多少なりとも学んだブレイドラースは歩きながら今後の予定を立て始めた。
(そう、地球の知識を使って発明という名の盗作をかまし、がっぽりと儲けるという計画。そうして金を集めてから世界を救う強そうな人材を手に入れよう。それしかもう手はない。このブレイドラースはクソ雑魚過ぎて前線に出れば確実に死ぬんだから。しかし問題は最初の資金集めだよ……地球で得た知識で発明しようにも材料を買う金がないんだもんなぁ。冒険者ギルドに登録して冒険者になれば魔物の素材とかを売って金を稼げそうだけど……ブレイドラースには絶対無理だな……まあいざとなればクソ神が持たせてくれた神剣を売っぱらって金に換えればいいだろ。性能はともかく見た目は綺麗だし観賞用に売れるはずだ。そうそう、神剣といえば……)
ブレイドラースは手に持った白い剣を凝視しながらため息をついた。
(……他の神剣は戻れって念じたら俺の中に戻って行ったのに……なんでこいつだけ戻らないんだ? 結局、こうして持ち歩くことになってるけど……別に重くはないんだけど……持って歩くの面倒だな……そうだ、町に着いたらコイツを最初に売って―ー)
心の中で言い終わる前に剣から電流のようなものが迸りブレイドラースは体をビクンと跳ねさせた。
「痛ッ……なんだ……!? なんか今こいつからビリっと電流が……」
ブレイドラースがそう言い終える前にどこからともなく虫の羽音のようなものが聞こえて来た。
(……なんだこの音……聞き覚えがあるな……こんな大きな音じゃなかったけど……そう、確か小学校の遠足の時、クラスの奴が巣に石を投げつけたせいで出て来た……)
そうして過去の恐怖と現在聞こえてくる音を照らし合せたブレイドラースは音の聞こえてくる場所を探り当てると、後ろを振り向き呟く。
「スズメ……バチ……?」
体長三メートルにも迫る三匹の巨大なスズメバチを眼にしたブレイドラースは叫ぶ。
「ギャァァァァァァァァァァァァァ!? なんだこいつらぁぁぁぁぁぁぁ!?」
叫びながら全力で逃げ出すも、耳障りな羽音を響かせながら追跡し始めたスズメバチにブレイドラースは悲鳴をあげる。
「ひぃぃぃぃぃぃ!? も、もしかして魔物か!? この辺には魔物いないんじゃなかったのかよぉぉぉぉぉぉ!?」
ギャアギャアとわめきながら女の子走りで必死に逃げるブレイドラースだったが、自分でも驚くほどの鈍足だったため次第に距離を詰められ始める。
「ま、マズイぃぃぃぃぃぃ!? どうにか逃げ込める場所は――あったッ!」
古びた井戸のようなものを見つけたブレイドラースは塞いであった木の板を持っていた神剣で壊すと勢いよく井戸の中へ飛び込んだ。しかし底が予想以上に深かったためか蜂に襲われるのとは別の意味で恐怖を感じ悲鳴をあげながら落下すると地面に尻をぶつけてしまう。
「いてて……なんだここ……井戸の底にしてはずいぶんと広いような……でもくっそ……暗くてなんも見えないぞ……」
辺りを見回すもあまりにも暗く何も見えなかったためブレイドラースは転ばないように気を付けながら壁を見つけると、壁伝いに歩いていきやがて上にのぼる階段のようなものを見つける。
「……とりあえず上ってみるか……ここにいたってしょうがないし」
ブレイドラースは階段を上り始めた、それが最初の死闘に繋がる階段とも知らずに。
一方その頃、眠りについていたオボロがふと眼を覚ます。
「ん……あれ……ブレイドラース様……?」
身を起こすと寝ているはずのブレイドラースはおらず、辺りを見回した結果月明かりに照らされた床に書かれた文章を見つける。
「こ、これは……」
そこにはこう書いてあった。
『――突然いなくなる無礼をどうか許して欲しい。熟考した結果、俺は君と共に戦うことが出来そうにない。ゆえにここを去ることにした。君も今回のアジトへの襲撃をどうか考え直して欲しい。敵の戦力は未知数なのだから』
その文字を読んだオボロはショックのあまり倒れそうになる体に力を入れなんとか立て直すと震える唇で呟く。
「そ、そんな……ブレイドラース様……どうして……」
なぜブレイドラースが一人でどこかへ行ってしまったのか、その答えを探すべく懸命に思考を巡らせた結果、ある答えにたどり着く。
(まさか……私があまりにも足手まといだからたった一人で敵のアジトに襲撃を仕掛けようとしてるんじゃ……!? だから私にアジトへの襲撃を止めるようにとここに言葉を書いて……)
その結論にたどり着いたオボロは悔しそうに唇を噛むと、鎧を着こみ新しく仕入れた太刀を腰に下げた後、小屋を飛び出した。
(……きっと私がブロッケンやハガクレとの戦いで後れを取ったせいだ。そのせいで見限られてしまった。私が弱いせいでブレイドラース様はたった一人で敵地に……確かに私は貴方様に比べればまだまだ未熟者……けど……それでも……ッ!)
オボロは疾風のごとく森を駆け抜け目的地である廃墟目がけて進み始めた。
その頃、ブレイドラースは古びた屋敷の中を人目を気にしてコソコソと隠れながら歩いていた。最初こそ廃墟かとも思っていたが、廊下に設置されたロウソクや室内から漏れる灯りから誰かが住んでいることは理解できたからこその対応である。
(……なんか……階段上ったらこの屋敷の廊下に出ちゃったんだけど……なんか壁が隠し扉になってたし、もしかしてあの井戸は緊急避難用の通路だったんだろうか……にしても勝手に屋敷の中に入っちゃってマズいよなこれ……完璧に不法侵入だし……けど事情を説明したらわかってもらえるだろうか……いや、剣を片手に持った鎧姿の男が夜中に勝手に家の中を徘徊しているこの状況は完全にアウトだ……言い訳のしようがない……とにかくこの屋敷の人に見つからないように出て行くしかないな……せめて出た場所が三階じゃなくて一階だったら楽だったのに……)
ため息をついたブレイドラースは三階の廊下を物陰に隠れて様子を窺いながら進んでいたが――。
「警報を鳴らせ、侵入者だ!!!」
「うわあごめんなさい! 違うんです魔物に追いかけられて仕方なくって……あれ……」
先ほどの声の主が外にいる警備兵であることに気づいたブレイドラースは安堵の息をつく。しかしその声に釣られて三階の見張り兵と思しき者たちが一斉に現れたため、急いで物陰に身を隠しやり過ごす。兵たちは口々に叫びながら一階へと向かい始めその声が聞こえてくる。
「屋敷の周辺を見回らせてたジャイアンホーネットはどうしたんだよ!?」
「知るか! おそらく殺されたんだろ!」
「敵はBランク以上の魔物を殺せる手練れかもしれん! 注意しろよ!」
声が聞こえなくなるまで身を潜める。それからしばらく待って下の階に通じる階段へと向かった衛兵たちの後を追うように歩き出すと、通りがかった部屋の扉の前から男性の声があがった。
「――まさかこの部屋までたどり着くとはな。なるほど、下の階にいる侵入者は陽動という事か。隠れてここまで来たわけだな、実にネズミらしい作戦だ。しかし隠れていたとはいえこれほどの膨大な魔力を発する者を見逃すとは……やはり人間は使えんな」
(……え……これもしかして俺に話しかけてんの? もしかして俺が勝手に屋敷に入り込んでたのバレてる? 陽動とか意味わからん単語も出てきたけど……)
閉じた扉の前で立ちすくみ考えるブレイドラースに部屋の中にいると思しき男性が再び声を上げた。
「――いつまで扉の前にいるつもりだ。早く入ってこい。それともこちらから出向こうか?」
(……ヤバイなこれ完全に気づかれてるわ……仕方ない……ちゃんと謝ろう……)
意を決して扉を開けたブレイドラースが最初に眼にしたのは、この屋敷の当主と思しき豪華な椅子に座った男だった。貴族風の衣装を身に纏ったその黒髪の男の頭には山羊のような角が生えており、その肌は赤褐色の色をしていた。男はワイングラスを傾けながら侵入者をねめつけるような目で見た後、言う。
「……貴様が我の細胞を与えた『魔人』を殺した者か。……ふむ、やはり凄まじい魔力を感じるな。そのうえ我々が嫌う神聖な力を帯びた魔力だ……なるほど、これでは追手に出した者たち程度では手に余るか……」
そう言うとワインを一気飲みし、グラスを床に放り投げるとその身から可視化されたおびただしい魔力が部屋に充満する。ブレイドラースはそれを見たことで顔を引きつらせ始める。
(……あ、アレ……なんか凄い怒ってらっしゃるんだけど……それに凡人でもわかるくらい凄まじい気迫……すごく嫌な予感がしてきたぞ……も、も、もしかしてこの屋敷って……)
顔面蒼白になるブレイドラースをよそに男は名乗りを上げた。
「――我の名はアルグラッド・べルティア。魔族の一人にして『終焉の使徒』――ウロゴロス・サイタン様の配下に当たるものだ」
(や、やっぱり魔族のアジトだここぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??)
「――我の顔に泥を塗った挙句我の領域に土足で踏み込んだその愚行、万死に値する。よってこの我、直々に貴様をあの世に送ってやろうぞ」
事態を把握したブレイドラースに魔族アルグラッドが牙を剥く。
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