第4話 さらなる強敵の影
短剣を構えながら高速で移動し迫るハガクレにブレイドラースは慌てるも、その間に割って入る人影が一つ。切っ先の折れた太刀で短剣を受け止めたその少女はそのまま押し返し斬り飛ばすと、ひらりと着地した正面の敵を見据えながら背後に声をかけてくる。
「ブレイドラース様、遅れて申し訳ございませんでした」
「え、ああ、うん、いや……と、とにかく助かったよ。ありがとうオボロ」
「いえ、私などが手を出さずともブレイドラース様ならば問題ないとも思ったのですが、貴方様の手を煩わせるまでも無いかと思いこうして余計な手出しをさせていただきました」
(いや、助けられてなかったら間違いなく俺斬られてたような……)
自身が血しぶきをあげながら倒れる想像をし顔を青くしたブレイドラースをよそにオボロはハガクレに刀を突きつける。
「――貴方は何者ですか? まあおおよその想像はつきますがね。私が調べていた廃墟に巣くっていた者たちの手先でしょう? 追手はすでに片付いたと思っていたのですが、こうも早く新たな刺客が差し向けられるとは思いませんでした」
「……ふん、新しい刺客などではないわ。お前を追っていたブロッケンたちの後ろから念のために追跡していただけのこと」
「ブロッケン? ……ああ、もしかしてあの髪を逆立てた下衆な男のことですか。なるほど、あの男がしくじった時のための保険として貴方が隠密でついてきたということですか」
「そういうことだ。まあこうしてまんまと誘い出されてしまったがな……まさか退路を断つためにわざとここまで俺を誘い込むとな。大した男だ」
「え……?」
ハガクレから称賛され意味が分からず疑問符を浮かべるブレイドラースに対してオボロの言葉が飛ぶ。
「……そういうことだったのですね。流石はブレイドラース様です。お恥ずかしながら、私は敵の気配すら感じ取れませんでした」
(いや、俺も感じ取れなかったんですけど……っていうかこの状況をいまいち理解できてない……)
「己の未熟を恥じ入るばかりですが、どうかここで挽回させてください。このオボロが奴を見事討ち果たしてみせましょう」
そういうと刀を構えたオボロの額から鬼の角が生え、目の色が赤く染まる。それに呼応するようにハガクレも腰を低く落とし二本の短剣を構える。緊張が場を支配し、やがて木の葉が一枚地面に落ちたことをきっかけに戦いが始まる。ブレイドラースは最初そこまで凄まじい戦いになるとは思っていなかった。
オボロは手負いのうえまだ完全に傷は癒えておらず、しかも見かけはまだ十代半ばほどの少女。先ほど机を粉砕したバカ力には驚かされたものの、よくよく見れば机自体古いものだったためたまたま壊れただけなのではないのかという思いが芽生えたからでもあった。
そのうえ目の前の男は小柄なうえ大して強そうには見えなかったのだ。先ほど見せた素早い動きも突然斬りかかられて驚いてしまったためそのせいで動揺して余計に凄く見えただけなのでは、という風に自分自身を納得させようとした。しかし――。
(――なんだこいつらッ!?)
――その淡い期待は木っ端みじんに打ち砕かれる。
二人の戦士の戦いをブレイドラースは見なかった。いや、正確に言うと見ることが出来なかったのだ。原因はそのあまりにも凄まじい速度である。ある程度速いことがわかっていたハガクレだけでなく、オボロまでもが眼にも止まらぬ動きで攻防を繰り広げていたのだ。ゆえに目で見ることは不可能であり、聞こえてくる金属のぶつかる音や飛び散る火花から激しい戦いが行われていることをなんとなく察することくらいしかできなかった。
(う、嘘だろ……人間の出来る動きじゃないんだけどぉぉぉ……や、やばいぞ……よくバトル漫画で戦闘能力のインフレについていけなくなって解説役になるしか出番がなくなる奴がいるが……俺はその解説役にすらなれそうにないんだけど……だって戦いが見えないんだもん……しかもこの世界にやって来てからまだ数時間程度しか経ってないのに……さっそく置いてかれてる……)
ブレイドラースが異世界の戦闘技術の高さにドン引きすると同時に絶望に打ちひしがれていると、ひとしきり打ち合いを終えた二人が先ほどと同じ位置に戻って来る。だが先ほどとは違い、ハガクレの身体には無数の切り傷がついていた。どうやらオボロの方がスピードは上のようだ。
「……俺の速度についてくるだけでなく上回るとはな。途中までブロッケンを圧倒していただけの事はある」
「今度は貴方の首を頂戴します」
「悪いが、やれんな。代わりにお前にはブロッケンと戦っていた時以上の絶望をくれてやろう――ハァァァァァァァッ!!!」
ハガクレが気合を入れて叫ぶとその体の傷が瞬時に治り始めオボロはそれを見て眼を剥く。
「まさかッ……!? あの男と同じッ……!? させませんッ!」
何をやろうとしていたのか察したのか地面が抉れるほどの勢いで大地を蹴ったオボロはハガクレに斬りかかるも、斬れたのはその忍び装束だけだった。そして鬼の少女の背後には突如現れた人型の緑色の怪物が佇んでいた。まるで昆虫のバッタを人の形に無理矢理変えたような姿をしたその怪物は背中越しに少女を嗤う。
「――一歩遅かったなぁ。ククク」
そう呟いたその声はハガクレのものだった。
(うわあバッタの化け物になったんだけどッ!?)
ブレイドラースが仰天した直後、オボロの肩から血が噴き出し、痛みを堪えるようにしてうずくまってしまう。
「お、オボロッ!? 大丈夫かッ!?」
急いで駆け寄ると虫の怪物と化したハガクレの姿がその場から一瞬で消え、木の上に移った。オボロは苦痛に顔を歪めながらも申し訳なさそうな顔でブレイドラースを見つめる。
「……申し訳ありません。大口を叩いておきながら……結局は貴方様のお手を煩わせるような結果となってしまいました……」
「い、いや、気にしなくていいって……それより……」
ブレイドラースは異形の姿となったハガクレを見ながら思う。
(どうすっかなこれぇぇぇ……話の流れ的にたぶんアイツが魔族の仲間っぽいし、もうこれ俺が何とかするしかないような状況だよな……)
ブレイドラースは困惑し動揺しつつも持っていた白い神剣を構える。それに応じるようにハガクレも楽し気に笑った。
「――ハハハ、さあ、ようやくメインディッシュの時間だ! 貴様の実力、どれほどのものか見せてもらうぞ!!!」
そう言って木の上から飛び降りたハガクレは縦横無尽に高速移動を始める。あまりにも速いそのスピードは数多くの残像を生み出し周囲を埋め尽くし始めた。
「クハハハハハハ! さあ攻撃してみろ! どれが本物の俺かわかるかな? ただし外した時が貴様の最後だ! この右手のカギ爪で貴様の心臓を抉り取ってくれるは!」
ハガクレの残像が百に届くかというほどに広がるその光景を見ながらブレイドラースはフッと笑うと再び思う。
(……どれが本物とかわかんねえよこんちくしょぉぉぉ! こっちの世界に来てまだ一日も経ってないのに絶体絶命じゃん!? ここで終わりなのか俺の冒険!? っていうかブレイドラースの状態で死んだら俺の魂とかどうなるんだよ!? もし元の世界に戻れなかったら……やべえよ、恐怖と緊張で手汗が出て来た……)
どれが本物かさっぱりわからずもはやどうすればいいのかさえわからないブレイドラースは大きく深呼吸した後、持っていた神剣に眼を向けた。
(――よし、落ち着こう。いったん落ち着こう。そうだ、ここはこの剣に任せてみるか。チート装備らしいし、きっと神の力的なアレであのバッタモドキの場所をズバッと当ててくれるはず。神の剣よ、俺に力を貸してくれぇぇぇッ!!!)
そう念じつつ一つの残像目がけて剣を振り下ろすも――その瞬間、スポッと手から剣の柄が抜けてしまう。
(ああああああああああぁぁぁぁしまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 手汗のせいで剣がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?)
土壇場でやらかし心の中で盛大に悲鳴をあげたブレイドラースだったが、その悲鳴を打ち消すような汚い悲鳴が響き渡る。
「グギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」
悲鳴の主はハガクレだった。なんとブレイドラースが彼方へ放り投げた剣がバッタのようなその胴体を貫いたのだ。そしてその勢いのまま吹き飛ぶと、体を貫いた状態で剣は木に突き刺さってしまう。オボロはその光景を見て感嘆の声を漏らした。
「まさかハズレの残像に斬りかかるフリをして油断を誘い、投擲で仕留めるとは……恐れ入りました」
「……いや、うん……まあ……」
完全に偶然だったのだが、オボロはブレイドラースを達人でも見るかのような眼差しで見つめ始める。
(手汗で滑ってすっぽ抜けただけなんだけど……言い出しづらい……)
居心地の悪さを感じていると、串刺しにされ身動きが取れなくなったハガクレが口から緑色の体液を吐きながら怨嗟の声を上げた。
「お、おのれぇ……だが……俺を倒した程度で勝った気になるなよ……俺やブロッケンを送り込んだのは俺達よりも遥かに強大な力を持つお方だ……」
「強大な力を持つ……まさか……魔族……!? あの廃墟に魔族がいるというのですか!?」
オボロがそう問いかけるとハガクレは血に染まった口元を醜く歪め笑う。
「クク……ご名答……俺達は所詮そのお方の細胞の一部を埋め込み変化した人間に過ぎん……そう、ただの出来損ないの化け物さ……だがそのお方は違う……俺達人間や亜人種たちよりも遥かに強力な力を持った存在だ……俺達が戻らなければきっとそのお方は動き出すだろう……その時、お前たちは真の地獄を見ることになる」
「……地獄ならとうに見ましたよ。それにそんな事態になることはないでしょう。冥途の土産に教えて差し上げます。こちらにおわすお方は予言の書に記されし伝説の剣の神にしてこの世界を救済するために天から遣わされた救世主様なのです」
「……え?」
ブレイドラースは引きつった顔で『伝説の剣の神? 救世主? なにソレ?』と表情に出してオボロを見つめるも、それに気づかないのか彼女は止まらない。
「たとえどれほどの強敵が現れようと意味などありませんよ。この剣神ブレイドラース様がいる限り再び魔族は敗北するでしょう。地獄で自らの愚かな行いを悔いつつ、貴方の上司が来るのを待っていなさい」
オボロの言葉を受けたハガクレが信じられないものでも見るようにブレイドラースを見つめ始める。
「ば、馬鹿な……神がこの世に降臨したというのか……だがその神々しい魔力は……まさか……本当に……」
ハガクレはそう言い残すとガックリと項垂れて動かなくなってしまう。それを見つつブレイドラースは横目でオボロを見ると、輝くような笑顔で見つめ返される。
「剣神である貴方様のお手を煩わせてしまい本当に申し訳ありませんでした。しかしブレイドラース様のお力の一端を垣間見ることが出来、恐悦至極に存じます。これからもどうかそのお力をお貸しください。このオボロ、救世主様の手足となり身を粉にして働く覚悟を固めておりますので、どうかよろしくお願いいたします」
(剣神? 救世主? いったいどういうことなんだ!?)
ブレイドラースは事ここに至ってようやく自身がオボロからどういう勘違いをされているのかに気づいたのだった。
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