第3話 魔族と復讐と最初の戦い

 ブレイドラースは困惑していた。原因は目の前で跪く少女である。最初何かを問いかけられたようだったが、耳の調子が良くなかったため『はい?』と問い直したのだがその途端涙を流し跪き始めたのだ。


(……ええ……なんでこの子泣きながら跪いてるんだよ……俺何か気に障ること言っちゃったのか……? 耳がおかしかったから聞き返しただけなのに……ちょ、マジでどうしたらいいのこれ……耳の調子がだいぶ戻って来たしあとちょっとでちゃんとこの子の言葉が聞こえそうなんだけど……あれ……っていうかこっちの言葉ちゃんとわかるよな……そこらへんどうなってるんだ……ちゃんと通じるよな? ……あの自称神はそのくらいの融通利かせてくれるよな流石に……だって世界救って来いって言う位だし……)


 そんなブレイドラースの心配は杞憂に終わる。慌てたように立ち上がった少女が矢継ぎ早に発した言葉が聞き取れたのだ。


「――申し訳ありません、このような場所で頼むことではありませんでしたね。私が隠れ家にしている拠点がありますのでそこで腰を落ち着けてじっくりとお話を聞いていただけないかと。先ほどのお礼もさせていただきたいのでぜひ」


(おお、よかった。ちゃんと言葉がわかるぞ。これなら普通にコミュニケーションが取れそうだ。けど今の口ぶり、俺に何かを頼んでいたのか……何頼んでたんだろうか……あんな涙流すほどの頼みっていったい……それに先ほどのお礼って何のことだ……マジでわけがわからん)


 悩んでいると少女が意を決したような表情でブレイドラースに話しかけて来た。


「あ、あの……貴方様のお名前をお聞かせ願えないでしょうか……?」


「え、あ、ああ、えっと俺の名前は剣之――じゃなかった、ぶ、ブレイドラース」


「ブレイドラース様……強く美しい響きのいいお名前ですね」


 まるで恋する乙女のようなうっとりとした表情で少女は呟くと、頬を赤く染めた状態で言う。


「私の名は先ほど言いましたが、オボロ・ヒサメです。どうぞこれからよろしくお願いいたします」


(聞こえなかったからわからないけど……ホント何をよろしくお願いするつもりなんだろうかこの子は……)


 ブレイドラースが怪訝そうな顔をしていると小首を傾げたオボロが心配そうに口を開いた。


「ブレイドラース様……?」


「え、あ、ああ、すみません、こちらこそよろしくお願いします。オボロさん」


「さん付けなどしないでください。敬語も不要です。どうかオボロと呼び捨てにしてください」


「え、いや、でも……」


「お願いします」


「けど、初対面だし――」


「お願いします」


「う……わ、わかりまし――じゃなくて。わ、わかった。よろしくオボロ」


 有無を言わせぬ迫力を感じたじろぎながらも了承したブレイドラースに対してオボロはにっこりと笑う。


「はい! よろしくお願いします! では参りましょう!」


 そうして嬉しそうなオボロに連れられブレイドラースは森の中を歩き始める。


(……まあでもこの子――オボロの言う拠点まで行けばこの意味不明な状況も色々とわかるだろう。っていうか今更だけどこれマジで現実なんだな……自称神が現れた時は半信半疑だったけど……ここまで来ると信じるしかないな……しかし世界を救うとかいまいち実感わかないな……これからどう行動すればいいのか……)


 考えながら二時間ほど歩き森の奥にあった目的地 と思しき小屋にたどり着く。だがたどり着いた頃にはブレイドラースは息も絶え絶えといった様子だった。


(ど……どうなってんだ……確かに結構歩いたけど……なんでこんな疲れてるんだ……アレか……鎧着てるからか……あと剣を右手に持った状態だからだろうか……これどうやって体の中に戻せばいいんだ……まあそこまで重くないからいいけど……でもおかしいな……目の前のオボロだって俺と同じように鎧着てるし太刀を腰から下げてるのに普通そうなんだけど……)


 傷を負っているうえ自身と同じ距離を歩いたにもかかわらず平然としているオボロを見たブレイドラースは疑問に思うも、それを心の奥に押しやり一刻も早く休憩を取るべく小屋の中へと共に入って行った。小屋の内部は簡易的な造りとなっており、木製の机に木製の椅子が二つ備え付けられていた。さらに部屋の隅にはオボロの寝具や荷物と思しき大き目の荷袋が置かれている。


 それらを横目で眺めつつ促されるようにして椅子に腰かけたブレイドラースは対面に座るオボロと会話を始めた。


「――ではブレイドラース様、先ほどのお話をさせていただく前に、一応この世界の状況を説明させていただきます。まあ貴方様には必要の無い事かもしれませんが……天界からいらしたばかりでしょうし、念のためにお話しさせていただきます」


(……ん? 天界?)


 さっそくオボロの言う言葉に違和感を覚えたブレイドラースだったが、疑問の言葉を発する前に眼前の少女は話し始める。


「――今より三千年以上昔、この世界に魔族と呼ばれる存在がいました。強大な力を持つ魔族たちはその圧倒的な力で人間やエルフ、ドワーフ、亜人種たちを虐げ支配していたのです。その時代は『混沌の時代』と呼ばれ魔族以外の種族にとっては文字通り地獄のような時代でした。何の罪も無いにもかかわらず奴隷のように支配され、反抗しようものなら虐殺される。そういう理不尽がまかり通っていたのです」


 悲し気な表情で語っていたオボロだったが、話に一区切りつくとその瞳に希望の光が宿る。


「しかしそんな地獄はとうとう終わりを迎えます。魔族の暴虐に耐えかねた一人の人間が天界を統括しているという統括神様に祈りを捧げ、その願いが聞き届けられた結果、その人間に神が特殊な武器を十二本授けたそうです。それは神剣と呼ばれる神の力が宿った武器でした。そして神剣を授かった人間は他の十一の種族たちにそれぞれ十一の神剣を渡し魔族たちと戦うことになりました。それが三千年前に起こった『魔大戦』と呼ばれる戦争です。そうして長きにわたる戦いの末――後に『終焉の使徒』と予言書に記される十二体の魔族を筆頭に数多くの魔族を封じた人間たちが勝利し平和を勝ち取りました」


(へえ……その統括神様とかいうのが授けた神剣って俺が持ってる神の剣と同じようなものなんだろうか……っていうかその統括神って俺をここに飛ばした自称神のことじゃないよな……まあいいや。けどその魔族っていうのが封印されたなら俺は何からこの世界を救えばいいんだろうか)


 ブレイドラースがそんなことを考えていると、どうやらそれでめでたしめでたしと終わる話では無かったようで、オボロは眉をひそめて続きを話し始める。


「……その後、平和になった際に神剣は天界に返され、人間や他の種族たちは別々に国を興しそれぞれ繁栄していったのですが……神剣を授かった人間が各種族の代表者たちに一枚の予言書のようなものを手渡したそうです。それは神剣を統括神様に返す際に告げられた言葉だそうで、そこには三千年後に再び封じられた魔族が復活しこの世を地獄に変えるだろう、というものでした。ゆえにその時が来たならば救世主となる剣の神を地上に下ろすと統括神様は仰ったそうです。予言書にもその一節が記されていました。各種族たちはその言葉を受けその時は剣の神の名のもとに集結し共に戦おうと誓い合いました。そして今がそのちょうど三千年後になります。ゆえに魔族たちは人知れず目覚め始め、他の種族を静かに侵略し始めました。しかし……」


 再び悲し気な表情に戻ったオボロは唇を噛んだ後、話し始めた。


「……三千年という時間はあまりにも長すぎました。かつて共に戦い合おうと誓い合った十二の種族たちの絆は今やバラバラとなり、予言や魔族の復活など忘れ閉鎖的になる種族、利己的になる種族、憎み合い争い合う種族などが現在では多数出てしまっています。しかし我々鬼人族は最初に神剣を授かった人間と縁が深かったこともあり、代々予言書を大切に受け継ぎせめて我々だけでもと来るべき戦いに備えていました、ですが……」


 そこでオボロは血が滴るほどの力で拳を握り締め怒りに満ちた表情を浮かべる。ブレイドラースは『鬼人族って何?』と疑問符を浮かべながらも黙って聞いていたが、すぐにその言葉の意味を知ることになる。


「……およそ数か月前、我々の集落は封印から目覚めた魔族たちに襲撃され運よく逃げ延びた私ともう一人を除いて鬼人族は皆殺しにされてしまいました。……我々だけが魔族の復活を予期し戦う準備を進めていることに気づかれたことが原因です。その後、私は一人で魔族の調査を行ってきました」


 そう言いながらオボロは自身の体を震わせ始める。


「そしてこの森に魔族の手下となり働いている『信奉者』なる者たちが潜伏していると情報を掴みやってきたのですが、アジトらしき場所の特定は出来たものの調査がバレてしまいました。結果、追手を差し向けられてしまい……お恥ずかしながらその追手相手に不覚を取ってしまったのです。ブレイドラース様がお助けしてくださらなければ今頃どうなっていたか……」


(……え? 助けた? 俺が? いつ?)


 ますます混乱するブレイドラースを置き去りにしてオボロは話し続けた。


「……最近では正直一人だけで魔族と戦うことに限界を感じ始めていました。そんな時に出会ったのが、貴方様なのです。私はこれを天命なのだとそう確信しました。きっと貴方様と共に魔族を打ち倒すことこそ我が運命なのだと」


 言っている途中で感情が高ぶったのかその額から赤い角が出現し、目の色も血のように赤い色に変色させたオボロを見たブレイドラースは思う。


(つ、角が生えた!? 鬼人族ってそう言う意味か……)


 驚くブレイドラースをよそにオボロは唇を噛んだ後、言う。


「――私は必ず一族の復讐を遂げ、世界を魔族のもたらす闇から救うつもりです。だからこそ貴方様のお力をお借りしたいのです、ブレイドラース様」


「な、なるほど、そ、そういう事情があったのか……」


 ブレイドラースは想像を超える事態がすでに起こっており、オボロの願いとはすなわち魔族と戦うために力を貸して欲しいというものであることを知った。


(……だから跪いて涙を流してお願いしてたのか……あれ……でもおかしくね……なんで初対面の俺にそんなお願いするんだ……? もしかして見た目が強そうだからとか? 確かにブレイドラースの見た目は美形でめちゃくちゃ強そうだけど……なんか引っかかるな……それにさっき俺がオボロを助けたっていうのもいまいちよくわからんし)


 そうして未だに完全に状況を理解していなかったブレイドラースだが自身のやるべき使命についてはなんとなくだが理解し始める。


(まあ、あの自称神が言ってた条件が世界の救済だったし、おそらく俺の目的も必然的にその魔族と戦うっていうものになるんだろうけど……一応神剣っていう最強チート装備を持たされてはいるものの……俺みたいな一高校生にそんなことホントに出来んのかなぁ……っていうか魔族うんぬんの話は事前に言っておけよクソ神め……俺に言ったらビビッて逃げようとするとでも思ったのか……まあその通りなんだが……というかその予言に出て来る剣の神とかいうのはどうしたんだ……どうせならオボロも俺なんかよりそっちに頼めばいいのに)


 自身の存在をどういう風に勘違いされているのかを未だに知らないブレイドラースはなぜかいきなり果てしない戦いに巻き込まれそうになっていることに若干怖気づく。そんな様子を見たオボロは心配そうに顔を覗き込んできた。


「あの……どうかなさったんでしょうか?」


「え、ああ、いや、ごめんなんでもない。それよりもう一人の生き延びた鬼人族っていうのはどこにいるんだ? 見当たらないけ――」


 言い終わる前に目の前のオボロの顔が般若のように歪んだことで、ビビったブレイドラースは言い終わる前に固まってしまう。よって部屋は沈黙に支配されるも、その状況を作った少女の声によってそれは破られる。


「……もう一人の生き残りはここにはいません。あの女がどこにいるのかはわかりませんが、見つけ出すことが出来たなら必ず私が……殺します」


「ど、どうして……?」


「奴が……魔族に鬼人族の集落の場所をばらし襲撃に協力した裏切者だからです。裏切者には死の報いを受けさせなくてはなりません。それになにより身内の恥は身内で雪がなくてはいけないのです」


「え、身内……?」


「……裏切者は私の姉です。名はカゲツ。力を求め、魔族に寝返った愚か者ですよ。だからこそ見つけ出し、この手で……」


 オボロは勢いよく振り上げたこぶしを机に叩き付けると、木製の机は一瞬で粉々に壊れてしまう。ブレイドラースは悲鳴をあげてしまいそうになるのをなんとか堪えた。その後数秒ほど再び沈黙が場を支配するも、我に返った鬼の少女が表情を戻すと謝罪し始める。


「も、申し訳ありません! このような醜態をお見せしてしまって! 姉の事を思い出すとどうしても感情的になってしまって……本当にすみません……少し頭を冷やしてきます。ブレイドラース様はどうかごゆるりとおくつろぎください」


 そう言って頭を下げたオボロは鬼の角を霧のように霧散させると小屋から静かに出て行った。追いかけようかともブレイドラースは思ったが、一人になる時間も必要かと思いそれはやめた。


「……思った以上に大変な世界だなここは……俺もちょっと外の空気吸ってこようかな……」


 念のため立てかけていた白い剣を持ったブレイドラースは外に出ると辺りに広がる木々や草花を見つめながらため息をつく。


(……木とか草は日本のと大差ないな。しっかしさっきも思ったけど俺なんかにどうこうできんのかなぁ……こういう特別な立場になって世界の命運を担うっていうのは中学の頃にはよく妄想してたけどさぁ……そうそう、よく一人でいるときなんか、何もない木とか草に話しかけてたっけ……『そこに誰か隠れているな』とか。ああ、懐かしき中二病。そうだ、このどんよりとした空気を払って、テンション上げるためにも久しぶりにいっちょやってみるか)


 ブレイドラースはフッと表情を崩すと、不敵に微笑みある一本の木に向かって白い剣を突きつける。


「……いつまでそこに隠れているつもりだ。貴様の拙い隠形を見破れないとでも思っているのならとんだお笑い草だな。この俺にそんなものは通用しない」


 キリッとした表情かつ出来るだけイケボになるようにそう言い放つブレイドラースだったが、心の中で爆笑する。


(――ブハハハ、なーんちゃって。誰もいるわけ……)


「――くそ、なぜわかった!」


「へ……?」


 ブレイドラースが間の抜けた声をあげた瞬間、緑色の忍び装束のようなものを着こんだ小柄の男が木の上から飛び出してきた。


「……この俺、ハガクレの隠形をこうも容易く見破るとはな。なるほど、あのブロッケンを一撃で倒しただけの事はある」


(……え、この人誰だよ……あとブロッケンって誰……)


 ブレイドラースが唖然としていると、ハガクレと名乗った男は懐から短剣を二本取り出し構える。


「空から突然現れたことといい、その膨大な魔力……貴様いったい何者だッ!?」


(……膨大な魔力って……ああ、神剣の力か……ブレイドラース自身はアバターを人間に再構成しただけってあのクソ神は言ってたしそんな力はないもんな……けどいきなり何者って言われてもなぁ……なんて答えればいいんだろうか……)


 ブレイドラースが心の中で悩んでいると痺れを切らしたハガクレが鼻を鳴らす。


「――話す気はないか。ならばいい。どうせ貴様にはあの鬼の女諸共消えてもらうつもりだったしな――さあ、行くぞッ!」


「え、ちょ、待っ……」


 ブレイドラースが言い終える前にハガクレが走り出す。


 こうして異世界における最初の戦いが幕を開けたのだった。

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