第2話⁂「クスノキ団地」⁂



 恵が全てを知る事となる原点の場所。


 あれは確か、十五年以上前のこと……。

 金沢市の「クスノキ団地」に、母に手を引かれて行ったのが最初だった。そして…その後も幾度となく訪れていた。


 すると決まって…何か…陰気な、母より少し若いと思われる、名前は確か「蘭子さん」と母が呼んでいたのでしっかり覚えているが、妙に意味深な暗い表情の蘭子という女性が、いつも向かい入れてくれた。


 五歳だった恵は、薄暗い質素で閑散としたこの家の空気が嫌で、よく外に飛び出して直ぐ近くの公園で時間を潰していた。


 すると…何かしら……感じる……視線。


 それでも、いつも不思議に思うが、母真理は人間国宝の加賀友禅作家を父に持つ生粋のお嬢様だ。そんなお嬢様が、何故低所得者層が多く住むと言われている「クスノキ」と言う県営住宅に住む蘭子と親しくなったのか疑念が残る?


 いや……?よくよく話を聞いていると、親しくしていたと言うより、来たくもないが、来なくてはならない理由が有ったと言った方が正解だ。


 それでは、どうしてそう思ったのか……?

 それは、決して楽しそうではない、もっと言うなら恨み、嫉妬、嫌悪、子供ながらに二人の会話の端々に、槍の様な……何かしら……鋭い……突き刺さるような視線と言葉遣いを感じ取っていたからだ。


 更には、帰る時に必ず厚い茶封筒を渡していた。

 きっとあれは、娘に分からない様に札束を渡していたのだと思う。


 それでも…そんな……家族の負の部分の、隠しておきたい場所に何故恵を連れて行かなければならなかったのか?


 恵にはどうしても理解できなかったのだが……?



 ◆▽◆

 

 陰気臭いこのクスノキ団地が大嫌いだった恵なのだが、唯一の楽しみがあった。

 それは、母真理より一回りくらい年上の優しそうなサトと言う女性が、恵がつまらなさそうにしているのを見兼ねて、よく連れ出し〈手取フィッシュランド〉に連れて行ってくれた。


 そこはまさに夢の楽園、ペットショップや遊園地が立ち並び、ペットを見たり観覧車に乗ったりとあっという間に時間が過ぎた。


 今思えば、恵を何らかの理由でクスノキ団地に連れて行かなければならない理由があったのだが、きっと深刻過ぎる話は聞かせたくないので、ワザと連れ出していたに違いない。


 

 ◆▽◆

 大学生になった恵は幼少期からず~っとクスノキ団地と、自分のかかわりは何なのか?疑問を抱き続けて来た。


 そこで、たまたま大学とクスノキ団地が近かった事も有り、ず~っと抱き続けていた疑念の手掛かりを、ほんの少しでも解き明かそうと度々クスノキ団地に出掛けていた。

 

 だが「クスノキA棟」三階の301号室の蘭子さんが住んでいた部屋は、今は空き家になっていた。管理人さんに聞いても、守秘義務の観点から教えられないとの事。


(嗚呼……自分の原点でつまずいてしまっては……もう何も調べることが出来ないのか?ああああ……そう言えば……幼い頃、母と蘭子さんがよく口にしていた名前「美知子」その女性は一体誰なのか?一番最初に思い浮かぶ美知子と言う女性、嗚呼……分からない?)


 それでも…幼少期に思いを馳せる時、ふっと思い浮かぶ母と蘭子さんの異様な眼差し……。

 まだ子供過ぎて、大人の話に全く興味が湧かなかった恵だったのだが、それでも時々二人は子供でも分かる恐ろしい顔、般若面のような女の一番いやな部分をさらけ出した恐ろしい顔で、何かしら…罵っていたが……?幼い恵が覚えている数少ない言葉。


「よくも……奪ったな!…あの女…女ぎつね!」この言葉だけは今でもしっかり覚えている


 あの時はあんな優しい母が、こんないやらしい醜い表情をさらけ出す事に、何が起こっているのか、読み取ることが出来なかったが、今考えるとあれは嫉妬に狂った醜い女の顔だったと確信できた。


【般若面:女性の嫉妬と恨みを表現した怨霊の面といわれている】




 ◆▽◆

 そして…幼いある日の事、またしても母に手を引かれクスノキ団地に出掛けたのだが、その時に今まで一度も見た事の無い男性の姿があった。


 だが…不思議な事に?そんな知らないおじちゃんに、いきなり笑顔を向けられ優しく抱き締められた。


(ああ…私が……あの急カ-ブで見た……謎の男は……あの時のおじちゃんに似ている。だけど年齢が全く違う?)










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