第16話 正義
「どうやら陛下とのお話は終わったみたいですね」
にちゃにちゃした笑みを浮かべながら、ドレアは言う。
いったいこいつは何をしようとしてんだ?
ガルマニウス王も同じことを考えているみたいで、眉をひそめる。
「ボルトムント、これは一体どういうことだ?」
「陛下に御用はありません。私はダイル殿に用があるのです」
うーん。無茶苦茶な奴だ。
こんな礼を欠いたことをしても叩き出されないところを見るに、国王の力はかなり弱まっているみたいだな。それともこの豚貴族が思ったより力を持っているのか?
商業に手を出してるとか言ってたからお金を持っているのかもしれないな。
「お言葉ですが、この後私はお食事に誘われています。時間はありませんよ」
「なに、長居はしませんよ。今日はダイル殿に手土産をご用意しましたので、それを渡せたら去ります。警戒しないで下さい」
「……分かりました。それなら」
渋々それを受け入れる。
変に粘られるのも面倒だしな。
それにこいつが何を用意したか少しだけ興味がある。俺の気を引くものだといいんだけど。
「おい! 持って来い!」
男が叫ぶと、通路から一人の人物がやって来る。
その人物は黒い髪をした獣人で……首に大きな首輪をつけられていた。
「珍しい黒狼族の子どもです! 体は丈夫で病気にも強い、いくら痛めつけても大丈夫です!」
その子の体には生傷がそこら中にあった。
よほどひどい目にあってきたんだろう、目はうつろで感情が見えない。
「ダイル殿の村にはたくさんの獣人がいるとお聞きしました! その中にも黒狼族はいないんじゃにでしょうか? ぜひコレクションに入れていただければなと!」
話が入ってこない。
人間は本当にキレると頭が真っ白になるんだな。
「もちろん処女は守っております! 黒狼族は体温が高いのでお楽しみいただけるかと!」
気がつけば俺は歩きだしていた。
そして羽織っていたマントを外し、その獣人の子にかけた。
「……へ?」
その子は何が起きたのか分からず、きょとんとする。
人に優しくされたこと自体初めてなのかもしれない。なんて可愛そうな子なんだろう。
「もう大丈夫だ。これ以上君にひどいことはさせない」
「……!」
その子は目から大きな涙を流した後……気を失った。
緊張の糸が切れたんだろう、今は寝かせてあげよう。
それよりも今は……やることがある。
「ひぃ!?」
豚貴族の首を掴み、持ち上げる。
恐怖に染まったそいつの顔は更に醜くなる。
「奴隷を献上して媚を売るとは反吐が出る。貴様、今までいったい何回こんなことをした」
「や、やめ……」
このまま握りつぶしてやろうか。そう思っていると国王が立ち上がり「待ってくだされ!」と大きな声を出す。
「そやつの非礼は謝りまする。確かにその者は下衆ですが……いなくなられては困ります。どうか容赦を」
「……その前に一つ尋ねたい。この国では奴隷商売を認めているのか?」
「時と場合によっては。綺麗事だけでは国はたち行きませぬ」
「そうか、ではこの同盟の話はなかったことにしよう」
そう言うと国王とその配下たちが「なんですと!」と驚く。
まさか奴隷のことでこんなことになるとは思わなかっただろう。
「私は一切奴隷という存在を認めるつもりはない。それを認めるというのならあなた方は敵だ。今、決めていただきたい。現行制度を維持し、私と敵対するか。それとも奴隷を完全に禁止にし、私と手を組むか。どちらかを選んで下さい」
「ぬ、う……」
国王はおおいに頭を悩ませる。
奴隷という制度には、色々なしがらみや利権の問題があるんだろう。
だが俺の知ったことではない。こんな小さい子を痛めつけていいはずがない。
たとえこの国の法律が許しても、俺の正義が許さない。
「……やはり出来ませぬ。現在の王国は奴隷産業に支えられている部分があります。それをいきなりゼロには」
「そうか……残念だ」
俺はこの国王は有能ではないが、悪ではないと思っていた。
だが奴隷という存在を見逃している以上、間接的に多くの人を苦しめていることになる。
それは間違いなく『悪』だ。
滅ぼしが必要だ。
「シア、ミカエル。この王国を今から乗っ取ることは可能か? 民に知られることなく、だ」
尋ねると二人は顔を見合わせ頷いた後、同時に答える。
「「可能です」」
その言葉に部屋の中にいる人間たちは強く動揺する。
文官たちは怯え、騎士たちは剣を構える。
俺はそんな中、考えていた。
これからやろうとしていることは、後戻りが利かない。盗賊を殺すのとはわけが違う。
俺は俺の正義のために人を殺し、国を乗っ取ろうとしている。
それが正しいことなのかは……分からない。だけど腕の中で眠る小さな命を守るためにも……この国には一度、生まれ変わってもらわなければいけない。
「全天使に通達する。今よりこの国を乗っ取り、浄化する。抵抗するものは全員殺して構わない」
もう後戻りは、できない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます