第12話 王都に蠢く闇

 新しい仲間が増えてしばらくは、俺はゆっくりとした時間を過ごした。

 ジマリ村では犯罪なんて起きない、平和でみんな笑顔で暮らしている。


 そういえば天空の神殿に行っている間、王都から使いが来たらしい。

 そして王都には五日後来てほしいと言われたという。シアは一方的に決めるなんて失礼です! と起こっていたけど、向こうは俺と違って忙しい。しょうがないだろう。


 それだけ時間があればあの準備・・・・も済む。完成するのが楽しみだ。


「あ! おはようございますダイル様!」


 朝、村の中を歩いているとシアに呼び止められる。

 その横には炎の熾天使ウリエルも一緒であった。なかなか面白い組み合わせだな。


「ああおはよう。二人は何をしているんだ?」

「……シア先輩に色々教えてもらっています。あたしは物覚えが悪いから……」


 申し訳無さそうにウリエルは言う。

 確かに彼女は頭脳労働は苦手そうだ。でもシアをちゃんと慕ってくれているみたいだから大丈夫だろう。


「ウリエルさんは凄いんですよ! おっきい炎が出せるんです! この力は色々なことに使えますよ!」

「ま、まあね」


 シアが目を輝かせながら力説すると、隣のウリエルは満更でもない表情を浮かべる。

 思ったより二人の相性は悪くなさそうだ。きっと上手くやっていけるだろう。


「ところでシアよ。四日後に控えている王都訪問の件だが、こうしたいのだがどう思う?」


 俺はあらかじめ用意していた紙を渡す。

 そこには俺の構想がイラストで描かれている。

ちなみにこの世界の文字はまだ練習中だ。少しは読めるようになってきたけど書くのはまだまだだ。


「ほうほう、なるほど……。はい! とっても素晴らしいと思います! これでしたら王国の人たちもダイル様の偉大さを理解できると思います!」

「そうか。それはよかった」


 全然ダメと言われたら心が折れてたかもしれない。

 俺はほっと胸をなでおろす。


「じゃあこれの用意もお願いしていいか?」

「はい! もちろんです! ただ今働いている天使さんだけだと大変ですので、熾天使さんたちもお借りして大丈夫ですか?」

「ああもちろんだとも。存分に使ってくれ」


 熾天使たちは昨日の内にシアと話し合って村での役割を決めたらしい。

 ただずっとその仕事をしなければいけないというわけじゃない。お互いの仕事を助け合うのは大事だ。


「そういえばウリエル以外はもう仕事についているのか?」

「はい。みなさん張り切ってお仕事に望んでいます」

「そうか、それは何よりだ」


 四人の熾天使はそれぞれ特別な力を持っている。

 召喚した天使ではできないところを補ってくれるだろう。


「それじゃあ私は行くとしよう。さらばだ二人とも」

「はい!」


 シアは元気に返事をして、ウリエルは静かに頭を下げた。

 まだ緊張しているのだろうか。早く慣れるといいけど。


「さて、あいつはいるかな……?」


 村の中を歩き、俺はある建物に向かう。

 そこは新しくできた『教会』だった。俺はあまり必要性を感じなかったのだけど、強い要望を出す人が何人かいたので建築したのだ。


 ちなみにここで神として崇められているのは……俺だ。ご丁寧に俺をモチーフにしたステンドグラスまで作られている。

こんなの恥ずかしすぎるけど、村人は真面目に参拝しているのでやめろとも言えない。


「……何回見ても違和感すごいな」


 教会の中に入って一番に目に入るのは、俺の姿をした像だ。

 等身大のその像は教会の一番目立つ位置に置かれ、参拝している村人たちはそれに向かって祈っている。


 俺は祈っている中からお目当ての人物を見つけ出し、肩を叩く。

 その人物は振り返って俺のことを見ると、パッと笑顔になる。


「おお! 我が主よ! どうされたのですか!!」

「ちょ、他の人もいるから静かにするのだ!」


 俺はそう言って神父のマーカスを叱る。

 そう、今回はこいつに用があったのだ。


「ん、なんだ?」

「ダイル様が来ていらっしゃるぞ! ありがたやありがたや……」


 マーカスが大きな声を出したせいで他の参拝者たちが俺の存在に気がつき、拝み始めてしまっている。このままだと話が進まない、俺はマーカスの首根っこをつかんで教会から逃げるように飛び出す。


「……ふう、ここまで来れば大丈夫か」


 教会から離れて人気ひとけがないところまで来た俺は、マーカスを解放する。

 結構強めに連れてきたのにマーカスはピンピンしていた。こいつ意外と丈夫だな。


「どうされましたか我が主よ。私に何か御用でしょうか?」

「うむ。少し聞きたいことがあってな。ここまで連れ出してから聞くことじゃないが、少し時間をもらえるか?」

「もちろんですとも! ダイル様の頼みでしたらこのマーカス、夜が明けるまで喋り倒しましょうとも!」

「いや、そこまでしないでいい……」


 相変わらずテンションの高い奴だ。

 だけどまあいい。今はお喋りな方が好都合だ。


「単刀直入に聞く。お前は王都に詳しいか?」

「……」


 俺の質問を聞いたマーカスは一瞬、真面目な顔になる。

 こいつがこんな顔するとこ初めて見たな。


「……私がここに来る前、王都にいたことはご存知なのですね?」

「ああ、この前ガファスさんから聞いたよ。王都が嫌になって出ていき、その先で盗賊に捕まったっとな」

「はい。その通りです」

「あまりいい思い出がないのは分かっている。だが今は一つでも多く王都のことが知りたい。この村で王都に一番詳しいのはお前だろう、教えてくれないか? あそこがどんな街なのかを」

「…………」


 マーカスはしばらく沈黙したあと、ゆっくり目を開ける。

 その顔は覚悟が決まった顔だった。


「私はあの街でも神父をしておりました。教会に所属し、迷える民の言葉に耳を向け、また住む宛のない子どもを保護し、働けるようになるまで面倒を見てからしかるべき施設や団体に渡していました」

「ほう、立派じゃないか。しかし王都というくらいだから立派な都市だと思ったが、家のない子どもがいるのだな」

「……身寄りのない子どもは、へたな村や街より多いと思います。あの街には娼館が多いですからね」

「なるほど……」


 望まれずしてできた子どもの末路は悲惨というわけだ。


「あの街にはそういった子どもや犯罪者が住む『スラム』があります。そこは犯罪の温床になっており、絶対になくしたほうがいいのですが、貴族がそこを管理しているなどで王国は手を出せない地域となっています。中では私腹を肥やしたい貴族が色々とあくどいことをやっていますが、王国はそれを黙認する形となっています」

「思ったより王都は腐っているみたいだな。その王様は大丈夫なのか?」

「現国王は悪人ではないのですが、残念ながら上に立つ器がありませんでした。私は何度もスラムの現状をよくしてほしいと王国に直談判したのですが、効果はありませんでした」


 俯きながらマーカスは言う。

 ひと一人に出来ることは限られている。こいつはよくやっている方だろう。


「なるほど。それで王都に見切りをつけ外に出たわけだ」

「……いえ。それだけではありません」


 マーカスは顔を起こし、俺を見る。

 その瞳は深い悲しみを宿していた。


「私が面倒を見て育てた子どもたちは、王国にも引き取ってもらっていました。兵士やメイドにしてくれると、そう言われて。しかしその子どもたちの一部は……奴隷商に引き取られていました」

「……なんだって?」


 想定外の言葉に俺は驚く。

 まさかそんな出来事があったなんて……信じられない。


「どうやら引き渡した先が悪徳貴族の管轄だったらしいです。その貴族は奴隷商と裏で契約していて……と、調べたところそのような感じでした。さすがに王国が主導して行ったことではありませんでしたが、私の心は折れてしまいました」


 苦労して育てた子どもが奴隷商のもとに連れて行かれたんだ。折れて当然だ。

 ふむ……しかし王国は思った以上に腐っているみたいだな。今のところ敵対する気はないけど、そんな感じだと協力する気が失せてくる。


「……とまあ私の話はこんなところです。参考になりましたでしょうか?」

「ああ、ありがとう。辛い話を思い出させてすまないな。もう大丈夫だ」


 俺はそう言ってマーカスのもとから去る。

 ……思った以上に王都の中はドロドロしているみたいだな。いったいどんな話し合いになるだろうか。気を引き締めておかないとな。

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