第23話 急務
ガファスの話を聞き、リシッドたちは大いに驚いた。
まるでおとぎ話の中の出来事だ。酒場で聞いたらできのいい作り話だと一笑しただろう。
しかしその話を裏付ける根拠は、村中にあった。
村の中を歩いている天使。実った作物の数々と、王都でも飲むことの出来ない絶品のお茶。そもどれもがダイルという人物の存在を肯定した。
「……このようなこと、どう報告すればいいのだ……」
リシッドと共に来た役人は、頭を抱えながら呟く。あまりにも常識外過ぎて、普通に報告しても信じてもらえないと思ったのだ。
そして信じてもらえたとして、その後どうなるか。それを考えると頭が痛くなる。
この村は一つの村が持つ力を大きく超えてしまっている。欲深い貴族たちはこの村に興味を持つだろう。そして必ず何かのアクションを起こす。それによりこの村との関係が悪化することを役人は恐れた。
もしこの天使たちが王都を襲ったとして――――我々は生き残れるのだろうか。
必死に頭を動かすが答えは出ない。
そんな悩んでる役人を置き、リシッドはガファスに話しかける。今は一つでも多く情報が欲しかった。
「ガファスさん。面白いお話をありがとうございます。ところでそのダイルさんって人はいないのですか?」
「ダイル様でしたら今日の朝、鉱石を探しに行くと出られてしまいました。お忙しい方ですので日帰りですとお会いになるのは難しいかと」
「なるほど……」
一度会って話をしてみたかったが、彼らにはまだ回らなければならない村がある。
とはいえこの件を伝えるために、一人は王都に向かわなければならないなと思った。友好関係を結ぶにしろ、敵対するにしろ行動は早いほうがいい。
「ところでガファスさん。貴方はその人を『ダイル
リシッドがそう聞くと、ガファスは「ふふっ」と可笑しそうに笑う。
なんだか馬鹿にされた気がしてリシッドは内心ムッとする。
「いや、申し訳ない。貴方はダイル様に会ってないから分からないのも無理はありません。そうですね……あの方は『偉い』とかそのような言葉で表せる方ではないのですよ。ただこちらが礼儀を尽くしたくなる、最大の忠義を尽くしたくなる……そのようなお方なのです」
そのような人物が本当にいるのかと、リシッドは訝しむ。
もし本当にそんな立派なら危険だとも思った。
現在の国王はそれほど民に支持されていない。有能な指導者が現れれば王国民の心がそちらに動いてしまう危険があるからだ。
もう少し調べたほうがいいな、そう思ったリシッドはカマをかけることにする。
「本当にそんな立派な人なのでしょうか? 魔法には人の心を操るものもあると聞きます。それにかかって……」
ここまで言ってリシッドは口をつぐんだ。
なぜなら話を聞いていたガファスが、恐ろしほど冷たい目でこちらを見ていたからだ。殺気すら感じるその視線に兵士であるリシッドが『恐れ』を抱いてしまう。
ガファスはリシッドが口をつぐんだのを確認すると、元の柔和な表情に戻る。そして、
「リシッドさん。私の前では構いませんが、外でそのようなことは言わないことをおすすめいたします。あの方に強い恩義を感じている者は多い。盗賊を放置し続けていたあなた方にあの方を侮辱されたなら……我慢できる者は少ないかと」
「……分かり、ました」
リシッドは同じことを二度としないと心のなかで誓う。
彼は二、三個それとない話をした後、村長の家を出る。
早く行動しなければ、焦燥感が募る。
「……ガファスさん、この件は王国に報告します。きっと王はダイル殿に会いたいということでしょう」
「はい、そうでしょうね。ダイル様もそうなるだろうと予見しておりました」
「……そうでしたか」
リシッドは心の中でダイルの危険度をもう一つ上げる。
村長の話をすべて信じるなら、そのダイルという人物は頭が切れ、慈愛に満ち、恐ろしい剣の腕と魔法の才を持ち、更に天使を使役しているらしい。
とても人間が太刀打ちできる相手ではない、リシッドは強い恐れを抱いた。
「近い内使者が来ると思います。国王陛下は王都を離れられないため、ダイル殿に王都に来ていただくことになると思います。伝えていただけますか?」
「はい、大丈夫です。それの準備もしているとおっしゃっていましたので」
「……そうですか」
その人物は一体どこまで予見しているんだ。
これ以上村にいたくなくなったリシッドは、同僚に耳打ちする。
「話をした俺が王都に報告に行く、後の仕事を任せていいか?」
「嫌だけどしょうがないなこれは。そっちも大変だろうが頼んだぞ」
「ああ」
今後の動きを決めたリシッドは、ガファスに頭を下げ、一人馬を走らせる。
「頼む……穏便に進んでくれよ……」
天使たちが悠然と歩く村の中を抜け、彼は急ぎ王都を目指すのであった。
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