第22話 視察
「……暇だなあ」
ガルマニア王国の兵士、リシッド・ヴォルポニカは馬上で呟く。
彼はロクに舗装されていない道をかれこれ四時間ほど馬に乗って歩いていた。
景色は代わり映えせず、行商人とすれ違うことすら稀。
同僚の兵士が隣にいるが、今回の遠征ももう四日目。話す種など二日目の夕方には切れてしまっている。
「あんまりボヤくなリシッド。こっちまで気が滅入ってくる」
「しょうがないだろ暇なんだから。次の村もどうせつまらないし、はあ……」
彼ら二人とその後ろの馬車に乗る一行はガルマニア王国北方の村を回り、視察する仕事を請け負っていた。
名目上は村が無事かを確認し、何かトラブルがあればそれを王国に報告するという理由で村を回っているが、いちばん大事なのは村が納めることのできる『税』がいくらかを調べることだ。
村の収穫量、判断し、収めてもやっていける量を見極める。それは必要な仕事であったが兵士リシッドにとっては気乗りしない仕事であった。
どこの村に行っても歓迎されず、時には税が高すぎると文句を言われる。リシッドはただの兵士であり、税額の見極めは後ろを走る馬車に載っている役人が行っている。自分にキレられても困ってしまう。
遠征中は美味しくない食事と快適ではない寝床を我慢しなくてはいけないし、そのくせ遠征ボーナスのようなものはない。
リシッドは貧乏くじを引いたとくさっていた。
「お、村が見えてきたぞ」
「そうかい。はあ、早く終わらねえかな……」
「まあそうボヤくなよリシッド。今日は酒でも飲もう……ぜ……?」
同僚の声がだんだん小さくなり、リシッドは「ん?」と同僚の顔を見る。
彼の顔はなぜか正面を見ながら固まっていた。
「どうしたんだ?」
「あれ、なんだ……?」
「あれ?」
同僚に言われ、リシッドは正面を見る。
そこには前にも見た閑散とした村が……なかった。
いや、村自体はある。しかしその様相は前に見たそれとはまるで違っていた。
村の周辺には見たことのない植物がたくさん実っており、そこでは白い鎧を着た騎士たちがなぜか農作業に従事している。
建物も木でできた簡素なものから、石やレンガで出来たしっかりしたものに変わっている。
「いったいどうなってるんだ……」
彼らは馬に乗りながら、おそるおそる村の中に入っていく。
村人の数も前より大幅に増えていることにリシッドは気づいた。しかも人間だけでなく獣人まで一緒に暮らしている。
大きな街に獣人が住んでいることはある。しかしまだ獣人差別は根深く残っているため、彼らは迫害を受けまともな暮らしを送れないものがほとんどだ。
冒険者として大成している獣人であればマシな暮らしはできるが、それでも家を貸してもらなかったりとどこにいても差別はまとわりつく。
しかしこの村では獣人と人間がとても仲良くくらしていた。まるでこの世界に差別などないように。
「な、なあリシッド。あれ、なんだと思う……?」
「俺が分かるわけ無いだろ……」
彼らが見ているのは二つの車輪が合わさったような形をしている謎の存在だった。
車輪には無数の翼と目がついており、いくつかの目が兵士一行をジッと見ていた。敵意は感じないが彼らは寒気を感じ身震いした。
彼らは知る由もないが、それは天使の中でも三番目に序列の高い天使『
その天使は名前の通り聖域を作り出す。
現在この村はその聖域化にあり、外界からの攻撃を受け付けない状態になっていた。
そして中に入ったものが村人を攻撃しようとすると、すぐさま察知され天罰がくだる。兵士たちは首に剣を当てられながら行動しているようなものだった。
「……これは報告してもらわなくちゃいけないな」
リシッドは気を引き締める。
もしかしたら何かしらのモンスターに乗っ取られているのかもしれない。悪魔などの賢く強いモンスターに村や街が乗っ取られるのはある話である。
警戒しながら進んでいると、一人の老人が彼らの前にやってくる。
「これはこれは兵士どの。わざわざご苦労さまです」
「あなたは……」
リシッドはその人物に見覚えがあった。
ジマリ村の村長、名前は確かガファス。以前この村に来たときも村長をしていた。
「ささ、こちらにどうぞ」
「あ、ああ……」
聞きたいことはたくさんあるがひとまずついていく。
彼らが案内されたのは大きな家だった。以前案内された木造の家とは大違いだ。
その家は大きいだけでなく、とても立派な家だった。壁にはツヤツヤの石材が使われており、下手な貴族が住む家よりもよっぽど高そうであった。
とても辺境の村の長が住めるような家ではない。
それは中も同様で、彼らはまるで王城にあるような立派な大理石のテーブルのある部屋に通された。赤いふかふかのクッションがついた椅子に座るのは、緊張していた。
「長旅ご苦労さまです、どうぞごくつろぎください」
そう言って村長は彼らの前にお茶を置いていく。
湯気立つお茶からは芳醇な匂いが出ており、彼らの鼻腔を優しくくすぐる。喉が乾いていたリシッドは少し警戒しながらも、それを口にする。すると、
「う、うまっ! なんだこれは!」
今まで飲んできたお茶がドブ水に感じるほど、そのお茶は美味しかった。
優しく広がる香りと、その後にやってくるほのかな甘み。長旅の疲れが一気に癒える感じがしたくらいだ。
「そ、そんなに美味しいのか?」
リシッドがガブガブと飲む様子を見て、彼の同僚と、同行していた役人たちもお茶を口にする。そしてその全員がお茶の
「も、もう一杯いただけるか!?」
「こっちもくれ!」
「かしこまりました、少々お待ちください」
ニコニコしながらガファスはお茶を注いでいく。
彼が使っている茶葉は、もちろん普通のものではない。その正体はダイルが
その茶葉はすでにこの村で大量に生産されており、今は輸出する計画も立てられていた。
ダイルが持っているお金は
しばらくそのお茶を楽しんだリシッドは、こほんと咳払いしてガファスを見る。
「……美味しいお茶をありがとうございます。それでは話していただけないでしょうか、いったい何がこの村に起きたのでしょうか」
「はい。お話いたします」
ガファスはダイルについて彼らに話し始める。
この話している内容は、事前にダイルと打ち合わせていたものだ。村に王国のものが来ると知ったダイルは予め策を講していたのだ。
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