第20話 エゴイズム

「はあ……はあ……やった……」


 肩で息をしながら、ルナは言う。

 頭領かしらであるハイオークが倒れたことで他のオークたちの指揮も下がり、次々と獣人の手にかかっている。オークたちが全滅するのも時間の問題だろう。


「……やったよ。パパ、ママ」


 シアとダイルにも言っていなかったが、彼女の両親はオークのせいで命を落としていた。

 亡くなったのはずっと前なので、目の前のオークたちとは違う個体だ。それは分かっているが、仇を討てたような気持ちをルナは感じていた。


「……みんなの手伝いをしないと」


 いつまでも感傷に浸っている暇はない。

 ルナはハイオークから無理やり視線を外し、仲間の助けに向かおうとする。しかし、


「おばえ……じね……っ!」


 なんと殺したはずのハイオークが立ち上がり、ルナの背中に襲いかかってきた。

 咄嗟の出来事にルナの体が一瞬硬直してしまう。

 戦いにおいて一瞬の隙は命取りになる。ハイオークの手がルナの首に触れるその瞬間……突然ハイオークの腕が切断される。


「が、あああああっ!?」


 あまりの痛みに絶叫するハイオーク。

 その間にルナは急いで距離を取る。いったいなにが起きたのか、ルナがあたりを見渡すと、こちらに来る人影を見つけた。


 その人物は彼女の命の恩人であり、もっとも尊敬する人物であった。


「ハイオークは死ぬほどの傷を負っても動くことがある。首を落とすか燃やすかするまでは安心してはいけないぞ」

「ダイル様!」

「頑張ったなルナ。凄かったぞ」


 ぴょこぴょこ動く彼女の耳をわしゃわしゃと撫でるダイル。

その後彼は腕の断面を押さえ、呻いているハイオークのもとに近づく。


「あの村に目をつけたのが運の尽きだ。正義のため、死んでもらおう」

「せいぎ……だと……?」


 ハイオークは苦しそうにしながらもダイルを睨みつける。

 どうあがいても勝てないことは理解している。しかしそれでも頭領かしらとしての意地を最後まで崩さなかった。


「なにが正義だ……オークにとっては略奪こそが正義……それを邪魔する貴様らのほうが『悪』だ!!」


 喉から血が流れているにもかかわらず、ハイオークは気合で叫ぶ。

 彼の言っていることにも理屈は通っているとダイルは思った。生産することの出来ない彼らは略奪することでしか生きられない。略奪をしなければ家族が飢えて死んでしまうのだ。


 略奪を楽しく感じるのも、それをしなければ絶滅するから、遺伝子が略奪それを楽しく感じさせてるとも言える。

 ゆえにそれを邪魔するダイルは彼らにとって『悪』なのだ。


 しかしダイルの掲げる正義はオークの言いがかりでは崩れなかった。


「――――下らないな」

「なにィ?」

「下らない、そう言ったんだ。正義も別の側面から見れば悪などというやり取りは創作の世界でも腐るほど語られてきた。そのような談義は無駄なのだよ」


 ダイルはこの世界に来て、正義を改めて考えていた。

 朝も夜も動いている時も休んでいる時も自問し続けた。


 そしてその末に彼の正義は固まった。


「正義とは自己満足エゴイズム……綺麗なものではない。いくら正しさを説いても意味はない、根っこの部分でそれは綺麗ではないのだから。それを補強し裏付けるのは力のみ。力の伴わない正義は正義ではない」


 ダイルの脳裏に過去の自分がフラッシュバックする。

 もう二度とあのような思いはしたくない。するわけにはいかない。


「私の正義は『私の大切なものを守ること』。その正義を全うするためならば……他者の正義を踏み潰すことに躊躇はない」


 ダイルは自分に言い聞かせるようにそう言うと剣を抜く。

 燃え盛る火の光を浴びて煌めく白銀の剣。それは彼の正義と同じく、己の敵を容赦なく切り捨てる。


「さらばだ、貴様の正義も私の糧としよう」


 銀閃が瞬き、ハイオークの首がごとりと地面に落ちる。

 時を同じくして白狼族が最後のオークを斬り伏せ、勝利の雄叫びを上げていた。


 こうして白狼族はオークの危機から脱したのだった。

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