第18話 闇夜の襲撃

 夜、ルル村そばの森の中。

 そこでは多くのオークたちが暮らしていた。


 茶色い肌に、豚のような頭。腹はでっぷりと出てて常にフゴフゴと鼻を動かしている。

 体からはキツい臭いを放っており、獣人たちはオークに近づくことすら嫌がる。


 他種族と会話できるくらいの知能は持っている彼らだが、同族以外と友好的に接することはない。自分たち以外は全て敵と認識しており、人間や獣人の村を見つけると積極的に襲う厄介な生態をしている。


「……そろそろあの村をやっちまわないか? 強い奴がいないのはもう分かっただろ」

頭領かしらがそろそろヤルって言ってたからもう少し待て。武器でも磨いてるんだな」

「ぶふふ、楽しみだなあ」


 その大きな図体に見合わず、彼らは意外と俊敏だ。

 鼻と耳も発達しており、その力を活かして彼らはルル村をしばらく偵察していた。


 彼らも勝てない戦はしない主義だ。獣人の中にはとんでもなく強い者もたまにいるので慎重に偵察していたが、幸いなことにその村には子どもや老人が多く驚異になりそうな存在はいなかった。

 偵察中に大人の獣人に見つかり絡まれたこともあったが、難なく撃退した場面もあった。これなら今回も楽勝だろう。オークたちは余裕を持って襲撃しようとしていた。


 ただ一つ気になる点があるとすれば、最近村にやってきた一人の人間だ。

 その人間は二人の子どもを連れてこそこそと何かをやっていた。

 しかしいつの間にか姿も消え失せてしまったので、オークはそのことを考えるのをやめた。どうせもう森を出たんだろうと思った。


「……機は熟した」


 オークの中でもひときわ大きい個体が呟く。

 そのオークは群れの仲間から『頭領かしら』と呼ばれていた。


 その呼び名通り彼は七十頭いるオークたちのリーダーだった。普通のオークよりふた回り大きい体を持ち、筋骨隆々の姿をしている。

 彼は普通のオークではなく、その上位種『ハイオーク』であった。


「明日獣人どもの村に攻め入る。襲撃の準備を整えておけ!」


 頭領かしらがそう命じると、配下のオークたちは歓喜の雄叫びを上げる。

 略奪殺害強姦。それは彼らにとっての何よりの楽しみであり生き甲斐でもあった。今までいくつもの村を襲いその全てを奪い凌辱してきたオークたち。


 今回もいつも通り上手くいく……そう思っていた。

 しかしその目論見は外れることになる。


「ん?」


 最初に起きた異変は、彼らの拠点についている明かりが消えたことだった。

 それも一つではない。拠点のあちこちに置かれた松明が一斉に消えてしまったのだ。

 もう太陽はほぼ沈んでしまっている時間帯。深い森の中は当然暗闇に包まれている。明かりが消えたことでオークたちは暗闇に放り出されることになった。


「な、なんだ!?」

「おい! 明かりをつけろ!」


 当然彼らは混乱に陥る。暗闇が怖いのは人もオークも関係ない。

 オークたちが騒ぎ暴れまわる中……彼らの頭領かしらだけは冷静だった。


「落ち着け! 暴れんじゃねえ!」


 頭領かしらの怒号が響き渡り、オークたちの動きがピタリと止まる。強いものに従順に従うというオークの本能が彼らの混乱を止めたのだ。


「てめえらには無駄にデケえ鼻がついてんだろうが。明かりがなくてもある程度は分かるはずだ。落ち着いて明かりをつけろ」


 オークたちは頭領かしらの言うことを聞き、鼻をすんすんと動かしながら明かりを復旧し始める。


「火打ち石は……これか」


 オークの一人が手打ち石を手に取り、松明に近づく。

 そして火をつけた瞬間、目の前に知らない人物がぼうっと現れる。


「……っ!?」


 驚き、大きな声をあげようとするオーク。

 しかしそれより速くその人物の腕が動き、一瞬でオークの喉が切り裂かれた。


「ごぷ……」


 大量の血を流しながら、地面に倒れるオーク。

 その襲撃者の手には黒いナイフが握られていた。七剣騎士の英雄譚セブンナイツ・オンラインでは盗賊職によく使われた『漆黒短剣ブラックナイフ』だ。

 攻撃力はそれほど高くないが、暗闇ではクリティカル率が上がるという効果がある。


「な、なんだ!?」


 いくつもの黒い影がオークたちに忍び寄り、彼らを次々と仕留めていく。

 オークたちは咄嗟に武器をつかんで振り回すが、素早く動き回る彼らを捉えることは出来ず、逆に仲間に当ててしまう。


 このままではマズい。

 そう思ったオークの頭領かしらは、木に大量の油をかけ、火を放つ。

 すると一気に大きな火が上がって周囲を照らす。


「てめえら何者なにもんだ?」


 火に照らされ姿を表したのは八人の人物。みな黒い外套マントに身を包み、手には闇に溶ける黒い得物を持っている。頭には黒いフードをかぶっているので何者かは分からない。


「私たちは……お前らを倒すものだ」


 そう言って一人の人物がフードを外す。

 その人物はまだ幼い獣人であった。白い髪にピンとたった耳、お尻からはもふもふの尻尾が生えている。

 可愛らしい顔をしているが、その眼光は鋭く、獲物を狙う獣の目をしている。


「……その白い髪。貴様、あの村の者か」

「そう。私たちはお前らに殺されるだけの存在じゃない。お前たちはここで私たちが倒す!」

「やってみろ犬っころがぁ!」


 頭領かしらが叫ぶと同時にオークたちが獣人に襲いかかる。

 先程は不覚を取りパニックになってしまったが、相手の正体がわかれば怖くはない。

 なにせ相手はすでに調査済みの相手だ。リーダーを子どもに任せていることから人が不足しているのも分かる。

 物量で攻めれば問題ない。オークたちはそう確信していた。


「潰れろ!」


 棍棒を持ったオークが戦闘に立つリーダーと思わしき獣人……ルナのもとに近づく。

 そして両手で持った棍棒を振り上げ、渾身の力で振り下ろす。

 周囲に衝撃波が出るほどの凄まじい一撃。オークは相手をミンチにしたと確信するが、そうはならなかった。


「んな!?」


 なんとルナの頭に命中した棍棒は、粉々に砕けてしまったのだ。

 棍棒は硬い木材を使用しており、岩を叩いても折れない丈夫な作りをしている。


 それなのに、ありえない。

 驚き硬直するオーク。ルナはその隙を見逃さなかった。


「はっ!」


 オークのでっぷりとした腹を、ルナは思い切り殴り飛ばす。

 まるで大砲の一撃をゼロ距離で食らったかのような衝撃を受けるオーク。体が浮いて思い切り吹き飛び、後方にある木に強く体を打ちつけその命を落とす。


 ルナの小さい体からは想像もつかないその膂力パワーに、頭領かしらのハイオークは言葉を失う。


「な、なんなんだいったい……!?」

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