第16話 ブーストリング

 『ブーストリング』。

 それは愚かにも白銀城に侵入してきた二人のプレイヤーが落としていったアイテムだ。


 この腕輪はゲームを始めた初心者全員に配られるアイテムみたいで、装備するだけで獲得経験値量が爆増する壊れアイテムだ。


 とはいえこれを持っていたら七剣騎士の英雄譚セブンナイツ・オンラインがヌルゲー化するかと言われたら、そんなことはない。

 このゲームはレベル100になってからが本番だ。そこからは装備を強くしたりスキルや魔法を覚えたり、職業ジョブレベルを上げて強くなる。

 そして職業ジョブレベルはこういったブースト系アイテムの効果を受けないので、ブーストリングはレベル100になったらなんの意味もなくなってしまうのだ。


 だからゲーム内で俺が使う場面は一切ない。

 拾ったのも気まぐれで、「まあもってないアイテムだから一応保管コレクションしとくか」くらいの気持ちだ。


 しかしそれがこの世界では役に立つ。

 この世界にはレベル100の人なんてほとんどいないからな。


「スキル〈光刃こうじん〉」


 体の周囲に光の刃を生み出し、それを発射する。

 その刃は牙をむく大型の獣に突き刺さり、一瞬で命を奪い去った。


「この獣はレベル40か。トレント以外にも強いのが出てくるようになったな」


 ブーストリングを装備したシアとルナを連れ、俺は森の中をガンガン進んでいた。

 少し歩くたびにモンスターは現れ、俺たちに襲いかかってきた。こんなところに人が現れることは滅多にない、いい餌が迷い込んできたと思っているんだろう。

 自分が経験値エサになるとも知らずに。


「さて、そろそろ二人とも強くなったと思うけど、どうだ?」


 モンスターが周りにいないことを確かめてから、振り返ってシアとヨルに尋ねる。

 二人のレベルはもう40にまで上がっていた。最初のトレントよりも上になっている。


「えっと、なんだか体が軽い気はしますけど、強くなった感じは……わかりません」

「私も。いつもと変わらない」


 困ったように眉を下げる二人。

 うーん、ちゃんと表示上は強くなっているんだけど、反映されてないのか?


「試しにそこの木を軽く叩いてみてくれないか?」

「は、はい。わかりました」


 シアは少し戸惑いながらも木の側に行き、「えい」と木を叩く。

 するとバキャ! という音とともに木がへし折れてしまう。


「あ、あわわわ」


 自分の拳と木を交互に見ながら慌てるシア。

 これは……成功だな。ちゃんと経験値はシアの肉体をパワーアップさせてくれた。


「だ、ダイル様。木が」

「落ち着けシア。大丈夫だ。まずはゆっくり力に慣れよう」


 力を制御セーブできるようにならないと、日常生活に支障が出る。そこらへんのコツも教えないとな。俺も最初はスプーンや食器を壊してしまい苦労したものだ。


 そんな風におそるおそる力を試すシアとは対象的に、ルナは手に入れた力を使うのに躊躇いはなかった。


「――――ハッ!」


 ルナが力任せに大岩を殴ると、岩は大きな音を立てながら砕け散った。

 もう力を使いこなし始めているように見える。獣人の戦闘センスの賜物だろうか。


「やるじゃないかルナ」

「……うん。力がどんどん湧いてくるのを感じる。これならオークたちも……!」


 ルナの瞳に闘志の炎が燃える。

 既に戦う気満々って感じだ。戦士の血が疼くんだろう。


「もう少し強くなったら村に戻る。それまでに二人とも力の使い方に慣れてくれると助かる」

「はい!」

「まかせて」


 こうして俺たちは日が傾くまでレベル上げに勤しんだ。

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