第4話 洞窟の奥には

「そしたらその時そいつが言ったんだよ! 『助けてください、お願いします~!』ってよ!」

「はは! そりゃケッサクだ!」


 盗賊たちはおかしそうに笑いながら酒を流し込む。

 なんの話をしているかは知らないけど、気持ちのいい話ではなさそうだ。


「……バレてはなさそうだな」


 盗賊たちのすぐ横に立つが、彼らは何も気づかず楽しそうに談笑している。

 上位魔法『完全なる透明化パーフェクト・インビンシブル』は足音や声すらも消してしまう魔法。独り言を喋ってもバレることはない。


「中に入らせてもらうぞ」


 酔っ払っている盗賊たちの横を通り、俺は洞窟の中を進む。

 洞窟の入口部には食料や荷物が散乱している。その中にはこいつらには縁のなさそうな本などもある。ここにあるほとんど全てが盗品なんだろうな。


 更に奥に進むと、今度は明らかに価値のありそうな物が出てくる。

 宝石などの貴金属や高そうな衣類。そこそこ値の張りそうな武器などだ。


「こいつら結構貯め込んでいるんだな」


 宵越しの銭は持たないタイプかと思っていたけど、案外堅実なタイプなのかもしれない。

 ここにある物も出来るだけ持ち主に返せるといいんだけど。


「ん? まだ奥があるのか」


 てっきりこれで全部かと思ったら、洞窟はまだ奥に続いていた。

 これ以上何があるのだろうと一番奥まで進んだ俺が見たのは、驚きの光景だった。


「これは……!」


 そこにいたのは人……『奴隷』だった。

 汚い洋服を着せられ、手枷と足枷を嵌められた人が十人ほど牢に入れられていた。

 見るからに弱り、衰弱している。体のあちこちにある擦り傷やあざは最近できたものに見える、きっと盗賊たちによるものだろう。


 しかもその側には死体が転がっていた。

 体にはひどい暴行の跡が残っている。この人も奴隷だったんだろう。

 遊び感覚で殴られ、犯され、そして殺された。顔にこびりついた表情からもその凄惨さが窺える。


 蘇生魔法なら覚えているが、七剣騎士の英雄譚セブンナイツ・オンラインでは死亡してすぐにかけないと効果がなかった。この世界でも法則は同じだろう、この人を蘇生させるのは不可能だ。

 それにこの様なつらい目にあって、生き返りたいと思うだろうか?

 俺には分からない。無闇に蘇らせるのは勝手エゴに感じた。しかしそれにしても……


「まさかここまでの下衆とはな……」


 反省するようであれば情状酌量の余地はあると思っていた。

 だがここまでの悪人であれば話は別だ。根絶やしにする以外の道はない。きっと白銀騎士団なかまもそう言っただろう。


 俺はかつていた自分の世界のことを思い出す。

 第五次世界大戦。

 人類史最大最悪の戦争により人口は戦前の十分の一にまで減少した。

 なんとか戦争は収まったが、世界的に治安は悪化し元には戻らなかった。一部地域では奴隷制度が普通にあるというから驚きだ。


 法律だってまともに機能してやしない。

 引きこもりなりになんとか就職できた俺だったけど、見に覚えのない罪を着せられ会社を追われた。当然そのことを司法に訴えたけど、弱者の声は簡単に握りつぶされた。


 だからこそ俺は『正義』に憧れた。

 弱きを助け悪しきを挫く。そんな正義に。


 白銀騎士団のメンバーも俺に似た境遇の人が多かった。

 人種、性別、生まれ、思想、宗教、様々な理由で淘汰され傷ついた人達の集まりだった。


 そんな弱い俺達だけど、せめてゲームの中でだけでも『正義』になりたい。そんな経緯でギルド『白銀騎士団』は生まれたのだ。


「……そうだ、思い出した」


 小学生の時、俺はいじめられて不登校になった。

 その理由をずっと記憶の底に封じ、忘れていたけど思い出した。


 あの時俺は別のいじめられていた子を庇ったんだ。そして新しいいじめのターゲットになった。

 懐かしいな。あの頃の俺は戦隊ヒーロー系が好きで、それの真似をしたんだ。


 まだ子どもな俺には力がなくて、いじめに屈してしまった。

 だけど今は違う。今の俺には力がある。


「ひいっく、大人しくしてるか商品ども」


 洞窟の最奥部に盗賊の一人がやって来る。

 かなり酒を飲んでいるのか千鳥足だ。ふらふらとしていてたまに壁に体をぶつけている。


「ひ……っ!」

「おっとデカい声出すんじゃねえぞ。騒ぐとそこで転がってる奴みたいにしてやっからな」


 盗賊は死体を指さして言う。

 奴隷となっている人達の顔が一瞬にして青くなる。子どもは泣き、大人がその口を押さえて声が漏れないようにしている。

 この人たちは奴隷の一人が殺される様子を間近で見ていただろう。怖くて当然だ。


「うーんそうだな……お前、お前にするか」


 盗賊は一人の奴隷を牢から出す。

 シアと同い年くらいの女の子だ。ただその子は普通の人間じゃなくて、頭の上から獣みたいな耳が生えていた。よく見たらお尻から尻尾も生えている。


 これはもしかして獣人か?

 七剣騎士の英雄譚セブンナイツ・オンラインに同じ様な見た目の種族がいた。


 そういえばシアにドワーフ以外にもエルフや獣人といった種族がいるって聞いたな。こいつらは人間以外も奴隷にしていたのか。


「いや……!」

「暴れんじゃねえよガキ。商品がいくつも潰れんのは本意じゃねえ。黙ってりゃ痛くしねえからよ」


 そう言って盗賊はその子の服を剥ごうとする。


「やだ、やめて……っ!」

「くくく。獣人の穴っぽこは温けえんだよなあ。楽しみだ」


 俺の我慢は、限界だった。

 気づけば腰に差された白銀の剣を抜き放ち、盗賊の片腕を切り落としていた。


「い、がああああっ!?」


 悶絶し床に倒れる盗賊。

 俺は開放された獣人の子を受け止める。ちなみに攻撃した時点で『完全なる透明化パーフェクト・インビンシブル』は解けている。消えながら攻撃は出来ないからな。


「大丈夫か?」

「え、へ?」


 助けた子は困惑する。

 そりゃ驚くか。急に鎧姿の騎士が出てきたんだからな。


 今説明するのは大変だ。ひとまずその子を床に置き、俺は盗賊に向き直る。

 盗賊は及び腰ながらも手にナイフを持ち戦う気でいた。


「て、てめえ! なにもんだ!」

「貴様に教える名前などない」


 小さい頃の俺は力がなくて悪に屈した。

 だけどこの世界の俺には力がある。今度こそ失敗しない。


 今こそ『弱気を助け、悪しきを挫く時』だ。


「――――これより正義を執行する」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る