第5話 村の事情

 村長であるガファスさんの家に着いた俺は、鎧を脱ぎ楽な格好になる。

 脱ぐ、といっても手で外す必要はなかった。操作画面コンソールを開いて装備を外せば鎧は一瞬で消えた。ここら辺のシステムはゲームと変わってないみたいだな。

 ちなみに操作画面コンソール画面はシアや村長の目にも映っていた。二人ともこんな画面を見るのは初めてと言っていたので、こちらの世界でこれを使える人間は一般的にはいないみたいだ。

 なのであまり人前で操作画面コンソールを開くのはやめておいた方がよさそうだ。


「おもてなしいただき、ありがとうございます」

「いえ。この程度のものしか用意出来ず、申し訳ありません」


 俺の前には彼の奥さんが用意してくれた料理が並んでいた。

 野菜が入ったスープにパン。焼いた魚に豆を煮たような料理。


 お世辞にも豪勢とは言えないが、精一杯もてなそうとしてくれている気持ちは伝わってくる。


「あなたは恩人だ。本来であればもっとおもてなしするのが礼儀なのですが……最近は不作が続き、食糧の備蓄があまりないのです。どうかご容赦いただきたい」


 ガファスさんは申し訳なさそうな顔をする。

 どうやら食糧事情は深刻みたいだ。思い返してみれば村人も痩せてる人が多かった。


 それなのに見ず知らずの俺になけなしを食糧を出してくれるなんていい人だ。彼らの事情を思うと食べるのを遠慮したくなるけど、それをするのは彼らの好意を無下にすることになる。

 遠慮するよりもちゃんと食べきって、後で何か彼らの助けになることをしよう。

 俺は用意してもらったスープに口をつけ、ごくごくと飲み干す。


「……うん、おいしい。ありがとうございます」

「それは何よりです。ささ、少量ですが酒も用意しております。飲んでください」

「これはどうも」


 料理もお酒も、上等な味はしない。

 だけどなんだか心は温かくなるような感じがした。


(……いつ以来だろうな。こんな風にご飯を食べるのは)


 白銀騎士団のメンバーがいた頃は、毎日のようにゲームの中でご飯を食べた。

 実際のお腹は満たされるわけじゃないけど、みんなとお喋りしてご飯を食べるとそれだけで胸が満たされた。

 あの時の感覚を俺は少し思い出した。


「ダイル殿?」


 ガファスさんが心配そうに俺を見てくる。

 どうやら知らない内に涙を流してしまっていたようだ。俺はそれを急いで拭き、すみませんと謝る。


「なにか粗相をいたしましたでしょうか?」

「いえ、そういうわけではありません。少し昔を思い出していただけです」


 そう答えるとガファスさんはそれ以上尋ねてはこなかった。

 俺に気を遣ってくれているのだろう。大人だ。


「ところでダイル殿。あなた様はここより遠い土地の王であらせられたとシアより伺いました。この土地に如何なる理由で来られたのでしょうか? もちろん言えない理由でしたらこの質問は聞かなかった事にして下さい」


 細心の注意を払いながら、ガファスさんは尋ねてくる。

 まあそこは気になって当然だ。他国の王が身一つでやって来るなど普通じゃない。

 俺が強力な魔法を使えることも知っているし、侵略しに来たと思われても不思議じゃないからな。


「……実は私の国は一度滅びましてね。新天地を求めて一人で旅をしているのですよ。争いを起こしに来たわけではないのでご安心ください」

「いえ! そのような心配はしていませんのでご安心ください!」


 慌てたように取り繕うガファスさん。

 少し突っ込んだ返答すぎたか? まあでも腹を割って話した方がいいだろう。この村とは今後とも仲良くしていきたいからな。


「しかしそんな事情がありましたか。これから何かと大変でしょう、何もない村ではありますがゆっくりしていって下さい」

「ありがとうございます」


 俺は礼を言い、食事に戻るのだった。


◇ ◇ ◇


 その日の夜。

 俺はなんとなく寝付けなくて外に出る。


「あまり眠くならないのは、この体になった影響なのかねえ」


 現実世界の俺は不摂生が祟っていつも体が重かった。

 だけど今の俺は動きが軽やかだ。全身に力がみなぎり、一日中だって走れそうだ。


 「試しに職業ジョブチェンジしてみてもいいけど、もったいないか」


 七剣騎士の英雄譚セブンナイツ・オンラインでは主要職業メインジョブを変える施設があり、そこでお金を払うことで職業ジョブを変えることが出来る。

 その施設に行く以外だと、課金アイテムを使うしか職業ジョブを変えることは出来ないのだ。そのアイテムを持ってはいるけど、補充する手段がない以上使うのはもったいない。

 ちなみに副職業サブジョブの方は自由に変えられる。こっちはステータスに影響ないから今はいじらないけど。


「はあ。まあ少しづつ検証するしかないか」


 この世界に来た時は慌てたけど、今は不思議と落ち着いている。

 これは多分俺のステータスが高いから、それが精神にも影響しているんだと思う。いつもの俺ならまだ慌てているはずだ。


「本当にゲームの体になったんだな……」


 うーん。

 普通の人なら落ち込むのかもしれないけど、あんまりそういう気持ちにはならない。

 そもそも現実リアルにいる時間よりゲームの中にいる時間の方が長かったからな。もはやこっちの肉体の方が使い慣れているくらいだ。


「当面の目標は白銀城の修理かねえ。でもそれが終わったらどうすっか」


 来た道を引き返したら、七剣騎士の英雄譚セブンナイツ・オンラインの世界に帰れるかもしれない。

 でも戻ってなにになる?

 ゲームの中に仲間はいないし、現実世界に未練もない。

 だったらこの世界で暮らす方が幸せかもしれない。

 運のいいことに仲のいい人も出来たしな。


「……ふあ。ようやく眠くなってきたな」


 ちゃんとこの体にも眠気はあるみたいだ。

 眠らなくてもいい体だったら便利だろうけど、睡眠の楽しみがなくなるのも寂しい。これで良かったかもな。


 俺は音を立てないように村長宅に戻り、気持ちよく眠るのだった。

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