第2話 異世界
「……つつ、ここはどこだ?」
頭を押さえながら体を起こす。
目の前には深い森が広がっている。
このゲームは地域ごとに生えている木が違うからな。ここに生えている木は今までゲーム内で見たどれとも違う。
「おかしいな。死んだならリスポーン地点に戻されるはずなんだが」
見覚えのないところで復活するなんて初めての経験だ。
ひとまず
「なんだこれ? NO DATA……って、こんな表記初めてだぞ」
初めて行く土地でも、そこは全体マップのどこらへんなのかは表示される。
こんな風に全体マップすら表示されないのは初めてだ。考えられる原因として一番に思いつくのは『バグ』だ。しかしもしバグだったら俺に対処のしようはない。
「運営に問い合わせてみるか。……いや、その前に安全を確保するのが先か」
ここは平和そうな森に見えるけど、どんな凶悪なモンスターがいるかも分からない。
情報は武器だ。ひとまず現状を確認し安全を確保しなきゃいけない」
「スキル〈気配探知〉発動」
スキルとは魔法と違ってMPを消費しない技のことだ。
「気配探知」は戦士職が覚えることが出来るスキルの一つで、一定範囲内にいるプレイヤーとモンスターをの場所を探知できる便利な技だ。
スキルはMPを使用しないが無制限に使うことは出来ず、決まった数使うと
強力なスキルほどもちろん
「……お。少し離れたところに気配があるな。盛んに動いている三つの気配はモンスターか。それに追われている一つの気配はプレイヤーだな。この感じだとモンスターに襲われているのか?」
ならば助けなれば。
その人が情報を持っている可能性が高いからじゃない。俺はこのアバターでいる以上『正義の味方』なのだ。たとえ意味の分からない土地にいたとしてもその
「今行くぞ……!」
足に力を入れ、思い切り駆け出す。
俺のキャラ『王ダイル』の
剣技、魔法どちらも強い万能職。その運動神経はもちろん高い。
なので重い鎧を着ていても身軽に動くことが出来る。重そうな見た目に油断して瞬殺されるプレイヤーもちょくちょくいるくらいだ。
「……いた!」
十メートル先に走る少女がいた。
その後ろを凶暴そうな狼が牙を剥き出しにして追っている。
少女は懸命に走っているが、狼の牙はもうすぐ後ろまで迫っている。餌食になるのは時間の問題だろう。
「きゃ……!」
地面にある木の根っこにつまずき、少女が転ぶ。
狼はその隙を見逃さず、彼女の柔らかそうな肉体に牙を突き立てようとする。
「いや……」
絶望に染まる少女の顔。
狼の牙が彼女に突き立てれるその瞬間、俺はなんとか彼女の盾のなり牙から守ることに成功する。
「大丈夫か?」
「……へ?」
驚き俺をぽかんと見つめる少女。
何が起きたのか理解できてないって感じだ。
まあ説明するのは全てが終わってからでいい。ひとまず安全を確保しなきゃな。
「離れろ!」
背中にガジガジと噛みついてくる狼を拳で殴る。
するとその狼は結構な勢いで吹き飛び、地面を転がる。
そしてそのままピクリとも動かなくなってしまった狼を見て、他の四匹の狼たちは俺を警戒して距離を取る。
「今がチャンスだな」
俺は素早く
「これを飲んで待っていてくれ。すぐ終わらせる」
「え、あ、はい」
俺に敵意がないことを理解してくれたのか、少女は素直に言うことを聞いてくれる。
さて、手早く片付けるとしよう。
「いくぞ、正義を執行する」
今は俺しか口にしない白銀騎士団の決め台詞を口にする。
決め台詞には色々な案が出たが、シンプルなこれがダサくて逆にありとなった。戦隊ヒーローものが好きだった俺からしたらストレートにかっこいいと思ったけどそれは恥ずかしくて黙った。
『ルル……ガウッ!』
一匹の狼が牙を剥き、襲いかかってくる。
見たところ牙と爪による攻撃以外に攻撃方法はなさそうだ。
「
指を鳴らし、魔法を発動すると狼の体が胴体から両断される。
そしてそのままぐしゃっと落下して、真っ赤な血で地面を赤く染める。
「え゛」
そのグロテスクな光景に思わず顔を背ける。
どうなってんだ?
『ガウッ!』
『ルガガ!』
狼たちが一斉に襲ってくる。
顔を背けたところを見て勝機と思ったんだろう。
「考えている暇はない、か」
さっきの出来事は気になるが、一旦それは頭の隅に追いやって戦いに集中する。
相手の狼の動きは単調だ。そんな直線的な攻撃を食らうほど俺は
牙による攻撃をステップして躱し、狼の側面に回り込む。そして右手を狼の胴体に押し当て魔法を発動する。
「
『ギャウッ!?』
バチン! という音とともに雷が狼の体に走る。
狼は属性攻撃への耐性もないみたいで、
「
となるとあの魔法がいいか。俺は残った二匹の狼めがけ魔法を発動する。
「
魔力を多めに払うことで〈
そのおかげで目の前の広範囲が一瞬にして氷つき、離れて様子を伺っていた狼二匹がまとめて凍りつく。
これならグロくも臭くもない。
「さて、大丈夫か?」
「ひゃ、ひゃい!!」
振り返って少女に尋ねると、彼女は素っ頓狂な声を出す。
まあ狼に襲われてたと思ったら謎の鎧騎士に助けられたんだ。そりゃ驚きもするか。
「えっと……まずは名前を聞いていいいか?」
「は、はい。私はシアと申します」
シアと名乗った彼女は十代前半くらいの少女だった。
紫色の髪をしていて、純真無垢そうな顔をしている綺麗な子だ。死んだ魚より死んだ目をしているとイジられていた俺とは大違いだな。
「騎士様、助けていただきありがとうございます。騎士様が助けに来てくださらなかったら私は今頃狼のお腹の中でしたでしょう。本当にありがとうございます」
そう言ってシアは深々と頭を下げる。
見た目は幼いけど、知的で落ち着きがある子だ。
「構わない。当然のことをしたまでだ。それより少し質問をしたいのだけど……いいだろうか?」
「は、はい! もちろんです! なんでもお聞きください!」
シアは胸を叩いて返事をする。
さっき助けたことで好感を持ってもらえたみたいだ。これは助かる。
俺はまず、一番気になっていたことを尋ねる。
「えっとシアはプレイヤーでいいんだよな?」
これをまず確認しておかなきゃな。
ノンプレイヤーキャラクター、いわゆるNPCはここまで表情豊かじゃないし、そもそも決められた会話しかできない。スキル〈気配探知〉でもプレイヤーと出たし、間違いないだろう。
しかしそんな俺の考えはあっさりと覆されることになる。
「ぷれいやー? なんしょうかそれは」
シアはそう言ってかわいらしく首を傾げる。
なんだ……何を言ってるんだ? プレイヤーという単語が分からないわけないじゃないか!
しかしシアにふざけている様子はない。いたって真面目に答えたって感じだ。いったいどういうことなんだ!
「ここはゲームの中でいいんだよな?
「ちょ、ちょっと待ってください!
「そんな……馬鹿な……」
目の前で困っている少女は生きている人間にしか見えない。
じゃあなんだ? 俺はゲームキャラのまま、人間が生きている世界に移動したとでもいうのか?
……よくよく考えればシアがプレイヤーというのはおかしい。
そしてそれは
Rー18の物を除いたほぼ全てのFD《フルダイブ》式MMOPRGでは、子どものキャラは作れず、操作出来ない。
じゃあ本当にシアはのゲームアバターやNPCじゃなくて、生きている人間だというのか?
馬鹿馬鹿しい。小説や漫画じゃないんだぞ。
「そんなのありえない……!」
俺は焦燥感に駆られながら
まず探したのは『ログアウト』の項目。
街や
残されているはず、なのに……ログアウトの項目は綺麗さっぱり消えていた。
他にもメッセージ機能、お問い合わせ機能などの他者や運営に連絡を取る全ての項目が、綺麗さっぱりなくなっていた。
詰みだ。
もといた
絶望が強く肩にのしかかる。
今までいくつもの不利な戦況を切り抜けてきたけど、ここまで打つ手がないと思ったのは初めてだ。
そんな時ふとシアの方を見ると、彼女は俺のことを不安げに見ていた。
……何やってるんだ俺は。悩むより先にこの子をどうにかしないと。この世界のことを考えるのはそれからでも遅くはない。
「悪いな少し取り乱した。ところでシアはどこから来たんだ」
「えっと、私はこの近くのジマリ村から来ました。少し前に大きな音がして、なにかなって森に入って探索していたを狼に襲われたんです」
「なるほど、そうだったのか。ところでその大きな音の正体は分かったのか?」
「はい。ここから少し行った所。海に面した崖があるんですけど、そこに大きなお城が倒れてたんです。前まであんな建物なかったはずなんですが……」
「大きなお城だって……!」
シアの言葉に俺は驚愕する。
もしかしたらもしかするかもしれない。それは絶対に確認しなきゃいけない。
「シア。君を村まで送り届けると約束する。だからその城のあった所まで案内してくれないか?」
「は、はい。もちろん構いません」
「よし、それじゃあ善は急げだ」
俺はシアを持ち上げ、肩に担ぐ。
びっくりしたのかシアは「きゃあ!?」ちかわいい声を出す。
「どっちだ?」
「えっとあっちの方です」
「よしきた」
俺はシアの指さした方向に思い切り駆け出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます