セバスと死の病

「あ、あなた方は……」

 

私達二人の素性や名前、そして遠い場所から死の村の噂を聞いてここにやってきたことを伝えた。突然のことが続いて混乱し、理解が追いつかないと言いたげな顔をしばらくしていたが、なんとか事情を飲み込んだようで安堵していた。

 

「そうか、ついに救世主がやってきたのじゃ。よかった、やっとでワシは救われる……。私の名前はセバスといいます。お二方、私達の村をお救いください。呪いで腐り切ったこの村を……」

 

セバスは深く頭を下げて、自宅へ案内した。幸いまだ人が住むことができる程度には清潔を保っていた。軋む音がする椅子と年季の入った机に案内された。

 

「さっきのは、まさか魔法でしたか。聞いたことがあります。この世界には、火や水、風や雷などを自由に使いこなす英雄がいるとか。もしやお二方が」

 

英雄とまで言われると、少し恥ずかしかった。確かに努力で手に入れたものではあるけれど、そんなたいそうな能力でもないと思う。でも、フランの力だけは確かに特別だ。それに比べれば、私はなんてこともない。

 

「えへへ、凄いでしょ。アリアは他にもたくさん能力があるんだよ!」

「この村にはいつからこの病が蔓延したのでしょうか」

「おお、そうでした。あれは本当に最近の出来事なのです」

 

セバスは唇を強く噛んだ後、ゆっくりと語り始めた。その深刻な表情に、私も緊張して水を何口か流し込んだ。

 

「あれは呪いでした。数ヶ月前までは、何の変哲もないのどかな村だったのです。しかしある日、小さな魔物が村に侵入してきました。ちょうどその机くらいの大きさだったと思います。あまりにも不潔で、真っ白で、汚らわしい見た目と瞳をしていました。その魔物は村人の一人に気づくと、真っ先に襲いかかりました。しかし、村の男達がすぐに捕らえて、殺された」

 

フランが何とも言えなさそうな顔でセバスの話を聞いている。ここから何が起こるのか、想像もつかなかった。

 

「周りに肉塊が散乱して、異臭がしましたが、その日はそれだけでした。次の日から、急に辺りの霧が濃くなり始めました。きっと病の前兆だったのでしょう。まだ仕事に大きな支障がなかったのでよかったです。けどさらに日が経って、事件は起こったのです。例の魔物に襲われた女に発熱がありました。夫は必死で看病していましたが、熱は上がっていくばかり。そして午後には、なす術もなく死んでしまった。おかしいのはここからなのです。死体の口から、おぞましい量の虫が這って出てきました。なんとか退治され、死体は遠くに捨てられました。けれど、もう止まらず、次の日にはその夫が、そして今度は魔物の殺害に関わった人間達が次々と、血を吐き虫を吐き、おぞましい姿で死んでいきました。私はただ、奇怪な姿で虫に囚われ死んでいく皆を、次は自分だと恐れながら見ていることしかできませんでした。これは呪いです、この村を終わらせるための呪いなのです」

 

饒舌に話し切ったセバスは号泣した。家族のように慕っていた村人達は全員この病に倒れ、無残な姿で今も横たわっている。腐り切った死体には虫が群がり、家を自分達の住処にする。美しかった村の変貌ぶりを考えたら、無理はない。

 

「そんな酷いことが……。村長さんだけでも助かってよかった。ねえアリア、私達にできること、何かないかな」

 

その魔物が死んだことで何かしらの菌が村に撒かれた。それは最初の女性を中心に広がり、セバスをも苦しめた。きっとセバスは感染したのが最近だったから、助かったのだろう。この村に対して私達は、何をしてあげられるのだろうか。死んでいった村人は戻らない、この濃霧がある以上、病原菌はおそらく根絶されていない。そして何より、撒き散らしていった魔物の同種がその一匹だけとも思えない。ひっそりと再起の機会を伺っている可能性だってありえる。思考を進める上で、重大なことに気づいた。

 

「まだ霧が晴れていない以上、私達に感染する可能性はあるのでしょうか」

 

当然のことだった。病だからこそ、周りの人々はこの村には近寄らなかったのだ。迂闊に立ち寄って感染し、苦しめられるなんてことがあってはいけない。もしかすると私達の身体には既に、例の病が根を張っているのかもしれない。

 

「そんな、あたし達はいったいどうすればいいの?」

「セバスさん、私がこの一帯を燃やし尽くします。病原菌ならば、熱には弱いはず」

 

咄嗟に出た提案だったけれど、目に見えないものと戦う以上、これ以外方法は無いように思われた。けれどそれはつまり、この村を含めて燃やし尽くして跡形も無く消え去るということを意味していた。それをセバスは理解した上で、快く了解した。

 

「問題ありません。それでこの村が救われるのなら。それで皆の供養になるなら」

 

セバスは涙を必死で堪えて、何かに思いを寄せている。フランも落ち着きがなさそうだった。二人に避難を促して、二人が去った後、私も家を後にした。村の中心付近に立って、静かに瞑想を始める。いくらか時間が流れ、溜めていたエネルギーを一気に放出した。腐り切ったこの村を浄化するように一気に燃え始め、さらに広がっていく。この状況だと、火は広がりやすいのだろう。火の進みが早いということは、それだけこの村が死に近づいていたことを示していた。私を浄化するように火は燃え盛り、数十分後には、そこには何も無かったかのように焦げた地面だけが残った。

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